和歌と俳句

新古今和歌集

恋二

高松院右衛門佐
よそながらあやしとだにも思へかし恋せぬ人の袖の色かは

よみ人しらず
忍びあまり落つる涙をせきかへし抑ふる袖ようき名もらすな

道因法師
くれなゐに涙の色のなり行くをいくしほまでと君に問はばや

式子内親王
夢にても見ゆらむものを歎きつつうちぬる宵の袖のけしきは

後徳大寺左大臣
覚めてのち夢なりけりと思ふにも逢ふは名残の惜しくやはあらぬ

摂政太政大臣良経
身に添へるその面影も消えななむ夢なりけりと忘るばかりに

大納言實宗
夢のうちに逢ふと見えつる寝覚こそつれなきよりも袖は濡れけれ

前大納言忠良
たのめ置きし浅茅が露に秋かけて木の葉降りしく宿の通ひ路

正三位経家
忍びあまり天の河瀬にことよせむせめては秋を忘れだにすな

賀茂重政
たのめてもはるけかるべきかへる山いくへの雲の下に待つらむ

中宮大夫家房
逢ふことはいつよいぶきの嶺に生ふるさしも絶えせぬおもひなりけり

藤原家隆朝臣
富士の嶺の煙もなほぞ立ちのぼるうへなきものはおもひなりけり

權中納言俊忠
なき名のみ立田の山に立つくもの行方も知らぬながめをぞする

惟明親王
逢ふことのむなしき空の浮雲は身を知る雨のたよりなりけり

右衛門督通具
わが恋は逢ふをかぎりのたのみだに行方も知らぬ空の浮雲

皇太后宮大夫俊成女
面影のかすめる月ぞやどりける春やむかしの袖のなみだに

藤原定家朝臣
とこの霜まくらの氷消えわびぬむすびも置かぬ人のちぎりに

藤原有家朝臣
つれなさのたぐひまでやはつらからめ月をもめでじ有明の空

藤原秀能
袖のうへに誰ゆゑ月は宿るぞとよそになしても人の問へかし

越前
夏引の手びきの絲の年へても絶えぬおもひにむすぼほれつつ

摂政太政大臣良経
幾夜われ波にしをれて貴船川そでに玉散るもの思ふらむ

定家朝臣
年も経ぬいのるちぎりははつせ山をのへの鐘のよそのゆふぐれ

皇太后宮大夫俊成
うき身をばわれだに厭ふ厭へただそをだにおなじ心と思はむ

權中納言長方
恋ひ死なむ同じうき名をいかにして逢ふにかへつと人にいはれむ

殷富門院大輔
明日知らぬ命をぞ思ふおのづからあらば逢ふ世を待つにつけても

八條院高倉
つれもなき人の心はうつせみのむなしきこひに身をやかへてむ

西行法師
何となくさすがにをしき命かなあり経ば人や思ひ知るとて

西行法師
思ひ知る人ありあけの世なりせばつきせず身をば恨みざらまし