和歌と俳句

若山牧水

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津の国の 伊丹の里ゆ はるばると 白雪来る その酒来る

酒の名の あまたはあれど 今はこは この白雪に ます酒はなし

をりからや 梅の花さへ 咲き垂れて 白雪を待つ その白雪を

わが庭の 竹の林の 浅けれど 降る雨見れば 春は来にけり

鶯は いまだ来啼かず わが背戸辺 椿茂りて 花咲き籠る

いづかたの 山焼くるにか きさらぎの 冷たき空に 煙なびけり

衣黒き ふるさと人ら 群りて かの山辺をも けふは焼くらむ

並み立てる 椎の梢に 風見えて 白梅のはな いよよ白きかも

梅の花 褪せつつ咲きて きさらぎは ゆめのごとくに なか過ぎにけり

藍深く 海はよどみつ 向ふ崎 安房の国辺に 雪晴れにけり

めづらしく 白雪降ると かしこみて 部屋にこもれば 匂ふ沈丁花

沈丁花 いまだは咲かぬ 葉がくれの くれなゐ蕾 匂ひこぼるる

貧しければ こころ怯れつ ひさかたの 天の照るにも かき曇るにも

はつはつに 生ふる若布に 潜き寄る きさらぎの海の 海人少女たち

天つ日を よこぎる雲の うつりつつ 浪真蒼に 海女群れゐたり

はたはたと 倒るる浪の 前にうしろに 海女が黒髪 縒れなびきつつ

海人少女 群れたる崎の 浪白み 鵜はひたひたに まひ過ぎにけり

四方の海 霞みこめつつ わが崎の 浪水沫立ち 潜ける少女

雪もよひ 黒雲くづれ 夕焼けつ 庭の白梅 褪せ褪せて咲く

霜とけて 雫ながるる 葉がくれに くれなゐ椿 なほ散り残る