和歌と俳句

若山牧水

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風に靡く 径の狭さよ 曼珠沙華 踏みわけ行けば 海は煙れり

砂山を 吹き越す風を 恐しみ 眼伏せて行けば 燃ゆ曼珠沙華

砂山の ばらばら松の 下くさに 燃え散らばりし こは曼珠沙華

眼鏡かけし 何か云ひかけ 見かへりし 曼珠沙華の径の 痩せほけし友

鰯煮る 大釜の火に 曼珠沙華 あふり揺られつ 昼の浪聞ゆ

一心に 釜に焚き入る 漁師の児 あたりをちこちに 曼珠沙華折れし

貧しさを 嘆くこころも 年年に 移らふものか 枇杷咲きにけり

静まらぬ こころ寂しも 枇杷の花 咲き篭りたる 園の真昼に

浜街道 住むとしもなき 仮住の 籬根の木槿 盛り永きかも

さびしきは 紫木槿<\ はなびらに 夏日の匂ひ 消えがてにして

この浜の 不漁の続くや 風よけの 窓辺の木槿 むらさきぞ濃き

南吹き 西吹きて浪の 遠音さへ 日ごとに変り 木槿咲き盛る

砂ほこり 吹きまきし風の 夕凪に 玻璃戸は重し 木槿輝き

枕もたげ 静かに聞けば 落葉積む 暁の家に 風は落ちたれ

東明の 星のかがやき 仰ぎつつ けふは楽しと 勇みけるかも

暫くは 歯を磨きつつ 立ちつくす 井戸辺埋めし 暁落葉

朝なれや わが浴ぶる水 日に光り 狭き井戸辺の 冬木を濡らす

冬の日の あはれ今日こそ 安からめ 土を染めつつ 朝照り来る

窓開き 飯食ひ居れば はつ冬の 朝日さし来ぬ 楽しかれ今日