和歌と俳句

若山牧水

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見しといはば 見しにも似たれ この秋の 木槿の花の 影のとほさよ

際白く 奥むらさきの よき花の 木槿おもへば 秋の日かなし

淀の深みに うかべる魚の ごとくにて 或る日行き居れば 木槿さきゐたり

この年の 秋もなかばを 過ぎぬると おもふこころに 木槿浮び見ゆ

疲れては ひそかに来り 草を見る この荒原の 秋の幾日

櫟の木 まばらになびく 秋くさの 荒れしこの原 ひとは知らなく

新しき 世界の見ゆと いふことの 言葉ばかりも かなしきものを

底なしの 甕に水を つぐごとく すべなきものか 酒やめて居れば

膳にならぶ 飯も小鯛も 松たけも 可笑しきものか 酒なしにして

ほほとのみ 笑ひ向はむ 酒なしの 膳のうへにぞ 涙こぼるる

みちのくの 小学校の 校長の その妹と 送りこし林檎

年わかく 笑みこぼしつつ 児等を見る 校長ぶりを 見に行かないまに

秋山の はざまの渓の 滝つ瀬の 出水する待ちて 取りし鮎とふ

たぎり落つる 濁りに投げし 網のうちに 落葉朽葉と をどりけむ鮎

岩山の 黄葉ちり積る 渓のおくに いまだ居にけむ この錆鮎は

落鮎の 姿は痩せたれ 岩出でて 黄葉でし渓を おもひつつ食ふ

おなじくば 汝が古家の 大囲炉裡 かこみて焼きて ともに食はましを

ところどころ 赤く禿げたる 松山の 端山がなかの 友が村の秋

松茸の かをりを嗅げば 村住の 友がこころに 触るるおもひす

秋の日は まさしくさして 篭りゐの 縁の板さへ そりてぞあらむ

雀雀 すずめのなかの ただ一羽 庭に降りきと 君が眼は動け