和歌と俳句

若山牧水

秋渓の 水の痩せしを かなしみて 筏あげ乾せる 筏師の群

さざれ石の 浅瀬の水の さやさやに 鳴りさやぎつつ 筏はくだる

砂擦れる 筏のひびき はつはつに きこえほがらけき 霜日和かな

きさらぎの 芒のわか芽 萌ゆるごと 杉こそ生ふれ 秋霞む山に

ちろちろと 岩つたふ水に 這ひあそぶ 赤き蟹ゐて 杉の山静か

霜の後の 朝の霞の ほそほそと 渓の杉生に うちなびきたる

長雨の あとの秋日を 忙しみ ひとの来ぬちふ 渓の奥の温泉

渓おくの 温泉の宿の 間ごと間ごと ひとも居らぬに 秋の日させり

杉落葉 しげき渓間の 湯のやどの 屋根にすてられて 白き茶の花

釣りランプ 静かにともり 降り出でし 山の時雨に うちゆらぐみゆ

晴るる時 杉生は驕り 時雨るれば むら木の黄葉 いろめきて見ゆ

夜の時雨 いまはあがると 杉むらの 山はら這へる 朝の霧雲

夜の雨の あとの淵瀬に 魚寄ると 霧ふ渓間に 釣れる児等見ゆ

だみごゑの 錆びはてたれど 瀬に乗りて うたふ筏師 きけばかなしも

夜の雨に 岩みな濡れし 朝渓の 瀬瀬を筏師 うたひて下る

おどろおどろ とどろく音の なかにゐて 真むかひに見る 岩かげの滝

鶺鴒 来てもこそ居れ 秋の日の 木洩日うつる 岩かげの淵に

淵尻の ながれ細みて 水際の 黒き岩見えず 落葉散りしけり

川くまの 真砂に生ふる 浅芝の 冬枯れはてて うつくしく見ゆ

馬車の笛 とほく聞えて ひそまれる 山峡のみちの 薄黄葉かな