和歌と俳句

若山牧水

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とほ山の 峰越の雲の かがやくや 峰のこなたの 山ざくら花

ひともとや 春の日かげを ふくみもちて 野づらに咲ける 山ざくら花

刈りならす 枯萱山の 山はらに 咲きかがよへる 山ざくら花

日は雲に かげを浮かせつ 山なみの 曇れる峰の 山ざくら花

つばくらめ ひるがへりとぶ 渓あひの 山ざくらの花は 褪せにけるかも

散りのこる 山ざくらの花 葉がくれに かそけき雪と 見えてさびしき

山ざくら 散りのこりゐて うす色に くれなゐふふむ 葉のいろぞよき

わが登る 天城の山の うしろなる 富士の高きは あふぎ見飽かぬ

山川に 湧ける霞の たちなづみ 敷たなびけば 富士は晴れたり

まがなしき 春の霞に 富士が嶺の 峰なる雪は いよよかがやく

富士が嶺の 裾野に立てる 低山の 愛鷹山は 霞みこもらふ

愛鷹の 裾曲の浜の はるけきに 寄る浪しろし 天城嶺ゆ見れば

伊豆の国と 駿河の国の あひにある 入江のま中 漕げる舟見ゆ

うちわたす 萱野が原の 枯萱は 刈りならされて 積まれたる見ゆ

瀬瀬に立つ あしたの靄の かたよりて なびかふ薮に うぐひすの啼く

かちわたり 濡れし足ふく 川ばたの 枯芝原の つぼすみれ花

人の来ぬ 谷のはたなる 野天湯の ぬるきにひたる いつまでとなく

椎の落葉 ちりたまりゐて くされたる 野天いで湯に 入りてひそけし

やはらかく 芽ぶける木木に かくろひて 散りのこりたる 山椿の花