和歌と俳句

若山牧水

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登り来し この山あひに 沼ありて 美しきかも 鴨の鳥浮けり

樅黒桧 黒木の山の かこみあひて 真澄める沼に あそぶ鴨鳥

見て立てる われには怯ぢず 羽根つらね 浮きてあそべる 鴨鳥の群

羽根つらね 浮かべる鴨を うつくしと 静けしと見つつ こころかなしも

山の木に 風騒ぎつつ 山かげの 沼の広みに 鴨のあそべり

浮草の 流らふごとく ひと群の 鴨鳥浮けり 沼の広みに

裏山に 雪の来ぬると 湖岸の 百木のもみぢ 散りいそぐかも

見はるかす 四方の黒木の 峰澄みて この湖岸の もみぢ照るなり

みづうみを 囲める四方の 山脈の 黒木の森は 冬さびにけり

下照るや 湖辺の道に 並木なす 百木のもみぢ 水にかはよひ

舟うけて 漕ぐ人も見ゆ みづうみの 岸辺のもみぢ 照り匂ふ日を

みづうみの 照り澄むけふの 秋の空に 散りて別るる 白雲のみゆ

聞きのよき 鳴虫山は うばたまの 黒髪山に 向ふまろ山

鹿のゐて いまも鳴くとふ 下野の 鳴虫山の 峰のまどかさ

友が指す 鳴虫山の まどかなる 峰のもみぢは 時過ぎてみゆ

枯草の 荒野につづく いただきの 鳴虫山の 紅葉乏しも

茸狩に 行きて得狩らず かへるさの ゆふ闇に鹿を 聞きいでしとふ

二声を つづけてあとを なかぬとふ その鹿の声を われもききたし