和歌と俳句

若山牧水

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真日中の 日蔭とぼしき 道ばたに 流れ澄みたる 井手のせせらぎ

道にたつ 埃を避けて 道ばたの 桑の畑ゆけば 桑の実ぞおほき

桑の実を 摘みて食べつつ 染まりたる 指さきかはゆ 童さびして

土ほこり うづまき立つや 十あまり 荷馬車すぎゆく 夏草の野路に

埃たつ 野中のみちを ゆきゆきて 聞くはさびしき 頬白の鳥

道ばたの 埃かむりて ほの白く 咲く野茨の 香こそ匂へれ

熟れわたる のにほひは 土埃 まひ立つ道に 流れたるかな

白うつぎ 紅うつぎ咲く 野の薮の 茂みに居りて うぐひすの啼く

麦の穂の みなかきたれて ふくみたる 夕日のいろの なやましきかな

ゆふぐれの 山の青みに こもりゐて 啼きほほけたる くろつがの鳥

暁を うすら白雲 わき出でて いよよみどりなる 若杉の山

朝山の みどりが下の 道ゆけば 露ふりこぼす 百鳥のこゑ

草の穂に とまりて啼くよ 富士が嶺の 裾野の原の 夏の雲雀は

此処の野に いま咲く花は ただ一いろ 紅うつぎの木の くれなゐの花

夏草の 大野をこめて 白雲の みだれむとする 夏のしののめ

寄り来り うすれて消ゆる 水無月の 雲たえまなし 富士の山辺に

張りわたす 富士のなだれの なだらなる 野原に散れる 夏雲のかげ

夏雲は まろき環をなし 富士が嶺を ゆたかに巻きて 真白なるかも

富士が嶺の 裾野なぞへ 照したる 今宵の月は 暈をかざせり