北原白秋

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夜はふけぬ しゆんしゆんとして 煮こごれる 林檎のつゆの 紅き酢醤

野砲隊 とほりしがとどろきやまず いづべの霜に 闌けにつつあらむ

しみしみと 澄みて來にけり まさしくも しづかに霜に 聴くべかるらし

絹笠に 黒く粒だつ 蠅ながら オスラムの熱 冬を光れり

冬の夜は 物の正しき 影すらや ただにすさまじく 燈が明るのみ

幼さび かくて我あれや つゆだにも 童ごころは けだしとほらず

冬の蠅 そこら遊びし 小夜ふけて 居るものは無し 凍みて來らしも

燈は明し 大蔵経の うしろゆく 鼠の尻尾 影うごくなり

常ながら おもて通るは 夜發して 多摩よりのぼる 牛車かもあはれ

あけがたは いとどしづもる 野の霜を ひたすらや赤き 電氣爐の息

遊行して 障り無してふ 日はあらず ただになづみぬ うちこもりつつ

武蔵野に 紫つづる 蘇枋の果 わが縛著は 子ゆゑきびしき

椎が根に 素焼の鉢の 三つ二つ 見に寄るべくも 花はあらざりき

家廂に 及ぶ椎が枝 そこらくを 明りたのめて 伐りし椎が枝

縁の端に 日ざし頼めて 見やる眼も 力なかりけむか 土をのみ君は

庭土に ちりて久しき 椎の花 なげきこまかに 君も堪へにき

窗さきの ちひさ篠の子 篠の子の 秀の上にのぼり 露は光りき

夜のほどろ いつか寝入れる その頬には 涙ながれて 薄き髪の毛

いついつと えは諦めず ありけらし 消えなば消ぬかに 末はなんぬる

木原山 日暮れて寒き 人あしの 中のひとつの 音絶えにけり

和歌と俳句