いにしへをしのぶとなしにいその神ふりにし里にわれはきにけり
いその神ふるき都は神さびてたたるにしあれや人もかよはぬ
我いくそ見し世のことを思ひいでつあくるほどなき夜の寝覚に
新勅撰集・雑歌
思ひいでて夜はすがらに音をぞなくありし昔の世々のふるごと
なかなかに老いはほれても忘れなでなどか昔をいとしのぶらむ
道とをし腰はふたへにかがまれりつゑにすがりてぞここまでもくる
さりともと思ふ物から日をへてはしだいしだいに弱るかなしさ
いづくにて世をばつくさむ菅原や伏見の里も荒れぬといふものを
なげきわび世を背くべきかたしらず吉野の奥も住みうしといへり
新勅撰集・雑歌
世にふればうきことの葉の数ごとにたえず涙の露ぞをきける
難波潟うきふししげき蘆の葉におきたる露のあはれ世の中
新勅撰集・羇旅
世の中はつねにもがもな渚こぐあまのをふねの綱手かなしも
朝ぼらけ跡なき浪になく千鳥あなことごとしあはれいつまて
沢辺より雲ゐにかよふあしたづもうきことあれや音のみ鳴くらむ
ものいはぬ四方の獣すらだにもあはれなるかな親の子を思ふ
いとおしや見るに涙もとどまらず親もなき子の母をたづぬる
かくてのみありてはかなき世中をうしとやいはむあはれとやいはん
現とも夢ともしらぬ世にしあればありとてありとたのむへき身か
とにかくにあれはありける世にしあればなしとてもなき世をもふるかも