和歌と俳句

長塚 節

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楢の木の枯木の中に幹白き辛夷はなさき空蒼く濶し

柿の樹に梯子掛けたれば藪越しに隣の庭の柚子黄み見ゆ

雀鳴くあしたの霜の白きうへにしづかに落つる山茶花の花

藁掛けし梢に照れる柚子の實のかたへは青く冬さりにけり

梧桐の幹の青きに涙なすしづく流れて春雨ぞふる

冬の日はつれなく入りぬさかさまに空の底ひに落ちつゝかあらむ

春雨にぬれてとゞけば見すまじき手紙の糊もはげて居にけり

朝ごとに一つ二つと減り行くに何が殘らむ矢車の花

心ぐき鐡砲百合か我が語るかたへに深く耳開き居り

うつゝなきねむり藥の利きごゝろ百合の薫りにつゝまれにけり

壁に貼りしいたづら書の赤き紙に埃も見えて春行かむとす

あかしやの花さく蔭の草むしろねなむと思ふ疲れごゝろに

咳き入れば苦しかりけり暫くは襲ねて居らむ單衣欲しけど

垂乳根の母が釣りたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども

鬼灯を口にふくみて鳴らすごと蛙はなくも夏の淺夜を

麥刈ればうね間うね間に打ちならび菽は生ひたり皆かゞまりて

つくづくと夏の緑は快き杉をみあげて雨の脚ながし

鉈豆のものものしくも擡げたるふた葉ひらきて雨はふりつぐ

枇杷の木にみじかき梯子かゝれどもとるとはかけじいまだ青きに

たらちねは笊もていゆく草苺赤きをつむがおもしろきとて

幾度か雨にもいでゝ苺つむ母がおよびは爪紅をせり

草苺洗ひもてれば紅解けて皿の底には水たまりけり

口をもて霧吹くよりもこまかなる雨に薊の花はぬれけり

鬼怒川の土手の小草に交じりたる木賊の上に雨晴れむとす

とりいでゝ肌に冷たきたまゆらはひとへの衣つくづくとうれし