楢の木の枯木の中に幹白き辛夷はなさき空蒼く濶し
柿の樹に梯子掛けたれば藪越しに隣の庭の柚子黄み見ゆ
雀鳴くあしたの霜の白きうへにしづかに落つる山茶花の花
藁掛けし梢に照れる柚子の實のかたへは青く冬さりにけり
梧桐の幹の青きに涙なすしづく流れて春雨ぞふる
冬の日はつれなく入りぬさかさまに空の底ひに落ちつゝかあらむ
春雨にぬれてとゞけば見すまじき手紙の糊もはげて居にけり
朝ごとに一つ二つと減り行くに何が殘らむ矢車の花
心ぐき鐡砲百合か我が語るかたへに深く耳開き居り
うつゝなきねむり藥の利きごゝろ百合の薫りにつゝまれにけり
壁に貼りしいたづら書の赤き紙に埃も見えて春行かむとす
あかしやの花さく蔭の草むしろねなむと思ふ疲れごゝろに
咳き入れば苦しかりけり暫くは襲ねて居らむ單衣欲しけど
垂乳根の母が釣りたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども
鬼灯を口にふくみて鳴らすごと蛙はなくも夏の淺夜を
麥刈ればうね間うね間に打ちならび菽は生ひたり皆かゞまりて
つくづくと夏の緑は快き杉をみあげて雨の脚ながし
鉈豆のものものしくも擡げたるふた葉ひらきて雨はふりつぐ
枇杷の木にみじかき梯子かゝれどもとるとはかけじいまだ青きに
たらちねは笊もていゆく草苺赤きをつむがおもしろきとて
幾度か雨にもいでゝ苺つむ母がおよびは爪紅をせり
草苺洗ひもてれば紅解けて皿の底には水たまりけり
口をもて霧吹くよりもこまかなる雨に薊の花はぬれけり
鬼怒川の土手の小草に交じりたる木賊の上に雨晴れむとす
とりいでゝ肌に冷たきたまゆらはひとへの衣つくづくとうれし