和歌と俳句

長塚 節

10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

青田行く水はながれて磯原の濱晝顔の磯に消入りぬ

蚊帳越しにあさあさうれし一枝は廂のしたにそよぐ合歡の木

柔かく茂り撓める合歡の木の枝に止りて羽を干す燕

水掛けて青草燻ゆる蚊やり火のいぶせきさまに萎む合歡の葉

暑き日の降り掛け雨は南瓜の花にたまりてこぼれざる程

垣に積む莠がなかのこほろぎは粟畑よりか引きても來つらむ

菜の花に明け行く空の比枝山は見るにすがしも其山かづら

白河のながれに浸でし花束を箕に盛り居ればつぐみ鳴くなり

朝靄の多賀の城あとの丘の上の初穗のすゝき雨はれむとす

うそどりの春がたけぬと鳴く聲に森の樫の木脱ぎすてにけり

うそどりよ汝が鳴く時ゆ我が好む枇杷のはつかに青むうれしも

繩結ひて糸瓜を浸てし水際の落ち行く如く秋は行くめり

障子張る紙つぎ居れば夕庭にいよいよ赤く葉頭は燃ゆ

さびしらに母と二人し見る庭の雨に向伏す山吹の花

我が植ゑし庭の葉鷄頭くれなゐのかそけく見えて未だ染めずも

秋雨の垣根の紫苑うちしなひ心がゝらに我慰まず

我が庭の芙蓉の莢のさやさやに心落ち居むは何時の日にかも

秋風は心いたしもうらさびし櫟がうれに騷がしく吹く

群山の尾ぬれに秀でし相馬嶺ゆいづ湧き出でし天つかも

久方の天つ狹霧を吐き落す相馬が嶽は恐ろしく見ゆ

はり原の狹霧は雨にあらなくに衣はいたくぬれにけるかも

久方の天を一樹に仰ぎ見る銀杏の實ぬらし秋雨ぞふる

こほろぎのこもれる穴は雨ふらば落葉の戸もてとざせるらしき

鬼怒川は空をうつせば二ざまに秋の空見つゝ渡りけるかも

稻刈りて淋しく晴るゝ秋の野に黄菊はあまた眼をひらきたり

鵯のひゞく樹の間ゆ横さまに見れども青き秋の空よろし