和歌と俳句

石川啄木

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巻煙草口にくはへて 浪あらき 磯の夜霧に立ちし女よ

演習のひまにわざわざ 汽車に乗りて 訪ひ来し友とのめる酒かな

大川の水の面を見るごとに 郁雨よ 君のなやみを思ふ

智慧とその深き慈悲とを もちあぐみ 為すこともなく友は遊べり

こころざし得ぬ人人の あつまりて酒のむ場所が 我が家なりしかな

かなしめば高く笑ひき 酒をもて 悶を解すといふ年上の友

若くして 数人の父となりし友 子なきがごとく酔へばうたひき

さりげなき高き笑ひが 酒とともに 我が腸に沁みにけらしな

あくび噛み 夜汽車の窓に別れたる 別れが今は物足らぬかな

雨に濡れし夜汽車の窓に 映りたる 山間の町のともしびの色

雨つよく降る夜の汽車の たえまなく雫流るる 窓硝子かな

真夜中の 倶知安駅に下りゆきし 女の鬢の古き痍あと

札幌に かの秋われの持てゆきし しかして今も持てるかなしみ

アカシヤの街にポプラに 秋の風 吹くがかなしと日記に残れり

しんとして幅広き街の 秋の夜の 玉蜀黍の焼くるにほひよ

わが宿の姉と妹のいさかひに 初夜過ぎゆきし 札幌の雨

石狩の美国といへる停車場の 柵に乾してありし 赤き布片かな

かなしきは小樽の町よ 歌ふことなき人人の 声の荒さよ

泣くがごと首ふるはせて 手の相を見せよといひし 易者もありき

いささかの銭借りてゆきし わが友の 後姿の肩の雪かな

世わたりの拙きことを ひそかにも 誇りとしたる我にやはあらぬ

汝が痩せしからだはすべて 謀叛気のかたまりなりと いはれてしこと

かの年のかの新聞の 初雪の記事を書きしは 我なりしかな

椅子をもて我を撃たむと身構へし かの友の酔ひも 今は醒めつらむ

負けたるも我にてありき あらそひの因も我なりしと 今は思へり