和歌と俳句

若山牧水

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をちこちに 啼き移りゆく 筒鳥の さびしき声は 谷にまよへり

真さびしき 筒鳥の声 ひもすがら さまよふ谷に 日は煙らへり

筒鳥の 筒ぬけ声の あるときは はげしく起る 真日けぶるなかに

筒鳥の 声のつづきて 断えざれば 出でて見に来ぬ このおほき谷

見廻せば 杉の太幹 たちならび さびしきものか われの心は

うちならび 昼のひかりに 立つ杉の 鉾杉がくり ほととぎす啼く

ほととぎす 身ぢかく啼くに 見あぐれば 鉾杉叢に 日は雨と降る

比叡山の 古りぬる寺の 木がくれの 庭の筧を 聞きつつ眠る

虎杖の わかきをひと夜 塩に漬けて あくる朝食ふ 熱き飯にそへ

うづだかく 煮たる山椒の 春たけて 辛きに過ぎつ この熱き飯に

出で迎ふ ものとごとくに 鹿の子の はやも来て居る 奈良のはづれに

葉を喰めば 馬も酔ふとふ 春日野の 馬酔木が原の 春過ぎにけり

つばらかに 木影うつれる 春日野の 五月の原を ゆけば鹿鳴く

春日野に 生ふる蕨は ひと摘まで 鹿の子どもの 喰みつつぞ居る

いつ見ても かはらぬ山の わかくさの 山のなだれに 鹿あそびをり

日の岬 越ゆとふいまを いちじろく 船ぞ傾く 暗き雨夜を

船にして いまは夜明けつ 小雨降り けぶらふ崎の 御熊野の見ゆ

日の岬 うしほ岬は 過ぎぬれど なほはるけしや 志摩の波切は