和歌と俳句

若山牧水

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くきやかに 伸びつついまは わが丈を ゆたかにこえて 鶏頭咲けり

ふるさとに 在りしをさな日 おもひいでて 立ちて見てをる 鶏頭の花を

はなやかに 咲けどもなにか さびしきは 鶏頭の花の 性にかあるらむ

くれなゐの 色深みつつ 鶏頭の 花はかすかに 実を孕みたり

使ひをへて いまたてかけし まな板の 雫たりつつ こほろぎの鳴く

眼ざめゐて 閨より見れば ガラス戸に うつらふ桐の 秋づきしかな

ガラス戸に そよぐ桐の葉 見てをれば 戸外は冴えし 秋の朝ならし

いつしかに 耳に馴れたる 馬追虫の こよひしとどに 庭のうちに鳴く

月かげに うかべる桐の ひろき葉に かすけき風の ありてゆらげる

月かげに かすかにうごく 庭草の つめたきさまの 身には浸みぬれ

いつしかに 月のひかりの さしてをる さびしきわれの 姿なるかも

杉垣に 杉のおち葉の 散りかかり 秋日さむきに 糸瓜咲くなり

杉垣の 秋のわか芽の 葉のかげに 糸瓜のはなの いろ冴えて咲く

杉垣の 下葉は枯れて 秋の日の あきらかなるに 雀あそべり

西日さす コスモスのはなの 花かげに ましろき蝶の まひてをるかな

落葉積む 此処のあたりの あさゆふの そぞろあるきは 日ごとに親し

のびのびと 背伸をしつつ 仰ぎたれ 秋のゆふべの 空の欅を

うらさむき 今朝の日和に 風たちて 欅の枯葉 散り騒ぐなり

散りつもり 桐の落葉は 桐畑の やはらかき土を 掩ひつくせり