和歌と俳句

若山牧水

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ひさしくも 見ねば見まほし 海岸の かの椿原 咲きたるならむ

海岸の とりどりの木の くねりたる 藪の椿は みな咲きたらむ

沖津辺に ひくく浪立ち 木の蔭の 砂の深きに 椿散りゐむ

わが妻が このめる花は 秋はりんだう 春はつばきの 藪花椿

夜を深み ひくくおろせば 電灯は 甕の椿の 葉のかげに照る

信濃なる 諏訪の湖辺に 堀り出でし この古き甕に 椿はふさふ

夜もいねで 筆いそがする うとましさ 机の椿 大きくは咲く

天竜川 いまだ痩せたる みなかみの 此処の渓間に 雪は積みたり

雪雲の 天つそらさし 晴れゆけば あらはなるかも 駒が嶽の山

なだれたち 雪とけそめし 荒山に 雲のいそぎて 雨降りかかる

伊那渓谷の ゑひどれどもが 大自慢 伊那をとめどちも 群れて踊れや

うるはしき となりのをとめ ぬすみ見つつ われ古りにきと 踊りけらずや

うつしかに 涙ながして をどりたれ 命みじかしと 泣きて踊りたれ

登り来し 路をはるけみ かへり見る 山のいただき 馬酔木咲きたり

いただきの 山のまろみに とびとびに 生ふる馬酔木は 花ざかりなり

繁りたる 馬酔木たけひくく あらはには 見えぬその花 下ごもり咲けり

たけひくき 馬酔木の花は 山埴の 赤きに垂りて 鈴なりに咲く