和歌と俳句

若山牧水

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川向ひ つづきはるけき 野の窪の 小松が原に 霞たちたり

おほどかに 傾斜つくれる 小松原 小松のしんは 伸びそろひたり

川向ひ 小松が原の 広原に こもりゐてうたふ 唄声きこゆ

松原の 広きに起り ひとところ 動かぬ唄を ききて久しき

松原の 広きがなかに 立ちまじる 雑木の若葉 けぶらひてみゆ

鶯は 巣のそば去らず 啼く鳥の 啼きてこもれり 小松が原に

松原の はしの岩山 岩が根の 裂目をつづる 丹つつじの花

ところどころ 岩あらはなる 山窪の 小松が原に うぐひすの啼く

伸びそろふ 小松のしんの ほの白く けぶらふ原に うぐひすの啼く

丸木橋 しめりあやふき 曙に わがたりゆけば 河鹿なくなり

水際なる 岩のしめりの まだ深き この曙を 河鹿なくなり

山魚釣ると 人身を臥せて 這ひてをる 岩の上なる 山桜花

渓ばたの 樫のかがやき ふかみつつ わびしき春の 昼となりゆく

渓端の 浅き木立の 椿の花 ちりのこりゐて 河鹿なくなり

春の夜の 暁かけて さし昇る 月にかすめり 香貫の山は

麦の穂に をりをりさはり ゆく路に 月のさしゐて こころかなしも