和歌と俳句

若山牧水

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薮かげに 新聞紙敷きて かき坐り 寄る鮒まつよ 一すぢの糸に

小舟もて 釣りゆく人の 羨しさよ 竹薮かげに 糸を垂れつつ

枯芝に 垂りたる梅の 錆枝に ひたき啼きゐて 冬晴の風

枯落葉 ちらばり動く 風の日に 鶲はひくき 枝にのみ啼く

木枯の をりをり響き わたりつつ 窓の日ざしは いよよ澄みたり

雪どけの 雫軒端に あまねきに 庭の木立に うぐひすの啼く

桃畑を 庭としつづく 海人が村 冬枯れはてて 浪ただきこゆ

門ごとに 橙熟れし 海人が家の 背戸にましろき 冬の浪かな

うねりあふ 浪相打てる 冬の日の 入江のうへの 富士の高山

松山は かげりふかけど 山の裏 くぬぎが原の 冬日うららか

大根を 煮るにほひして 小さなる 舟どち泊る 冬の夕ぐれ

少女にや 嫗にや青き 襟巻の くぐみゆく見ゆ 霜田の末を

冬草の 山のくぼみの 楢の木に のこる枯葉の 色のさやけさ

空に居る 雲うす赤し 入りつ日の 消えのこりたる 冬山のうへに

庭石の 錆びたる上に 枝垂れて 咲きぬる梅の 花のましろさ

うすべにに 葉はいちはやく 萌えいでて 咲かむとすなり 山桜花

うらうらと 照れる光に けぶりあひて 咲きしづもれる 山ざくら花

日は雲に かげを浮かせつ 山なみの 曇れる峰の 山ざくら花

山ざくら 散りのこりゐて うす色に くれなゐふふむ 葉のいろぞよき

山川に 湧ける霞の たちなづみ 敷きたなびけば 富士は晴れたり

まがなしき 春の霞に 富士が嶺の 峰なる雪は いよよかがやく

富士が嶺の 裾野に立てる 低山の 愛鷹山は 霞みこもらふ

伊豆の国と 駿河の国の あひにある 入江のま中 漕げる舟見ゆ