和歌と俳句

若山牧水

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東風吹くや 空にむらだつ 白雲の 今朝のしげきに 雲雀なくなり

おほどかに 空にうごける 白雲の 曇れる蔭に 雲雀啼くなり

時雨空 小ぐらきかたに うかびたる 富士の深雪の いろ澄めるかな

笠なりの わが呼ぶ雲の 笠雲は 富士の上の空に 三つ懸りたり

砂丘の なぞへの畑の 痩せ麦の ほそき畝より 啼きたつ雲雀

海鳥の 風にさからふ 一ならび 一羽くづれて みなくづれたり

向つ国 伊豆の山辺も 見えわかぬ 入江の霞 わけて漕ぐ舟

わがゆくや かがやく砂の 白砂の 浜の長手に かぎろひの燃ゆ

庭さきの 一もと蜜柑 春の日の かぎろふなかに 実をたらしたり

もぎとりて いまだ露けき 椎茸を 買へと持て来ぬ 春日の縁に

庭さきの 籬根のむかひ ゆく人に さゆるる日影 かぎろひて見ゆ

霞みあふ 空のひかりに 籠らひて いろさびはてし 冨士の白雪

をちこちに 野火の煙の けぶりあひて かすめる空の 富士の高山

入海の 向つ国山 春たけて あをみわたれる 伊豆の国山

夕霽 暮れおそきけふの 春の日の 空のしめりに 桜咲きたり

雨過ぎし しめりのなかに わが庭の 桜しばらく 散らであるかな

さくら花 まさかりのころを 降りつぎし 雨あがる見えて 海の鳴るなり

さくら花 褪せ咲けるみゆ めづらしく こよひを螻蛄の 鳴ける夕に

螻蛄の鳴く 声めづらしき 春の夜の もののしめりは 部屋をこめたり

螻蛄の鳴く 戸外のしめり おもはるる 今宵の灯影 あきらけきかな

ひとところ あけおく窓ゆ かよひ来て 灯かげにうごく 春の夜の風