和歌と俳句

若山牧水

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

うとましき 癖とはなりぬ 昼はいねつ 夜半起き出でて もの書き急ぐ

散りやすき こころとなりて 昼はいね 夜半を僅かに 起きてもの書く

乱れたる 机のうへの 物の色 さやかに寒し 夜半の灯かげに

うすらかに 灰をかづける 炭の火の 赤きに向ふ 冬の夜の更

ぺン先の よごれを拭くと わが指の 顫ふ寒さを ふと覚えたる

ウヰスキイに 煮湯そそげば 匂ひ立つ 白けて寒き 朝の灯かげに

椅子にゐて 足をかけたる 円火鉢 まろきにかけて 粥を煮るなり

窓あけて 立ちて見てをり 庭木々の おち葉を濡らす 朝の時雨を

帰り来て わが門口の ゆふまぐれ 散れる落葉を 見るはたのしき

枯薄に 落葉松の葉の 散り積みて 時雨にぬれし 色のさやけさ

日をひと日 わがゆく野辺の をちこちに 冬枯れはてて 森ぞ見えたる

落葉松の 痩せてかぼそく 白樺は 冬枯れてただに 真白かりけり

湖べりの 宿屋の二階 寒けれや 見る冬の湖の さむきごとくに

隙間洩る 木枯のかぜ 寒くして 酒のにほひぞ 部屋に揺れ立つ

声ばかり するどき鳥の 樫鳥の のろのろまひて 風に吹かるる

樫鳥の 羽根の下羽の 濃むらさき 風に吹かれて 見えたるあはれ

はるけくも 昇りたるかな 木枯に うづまきのぼる 枯葉の渦は

笑ひ入りて いつか泣きたる 友が眼の 瞼毛のなみだ かがやけるかな

笑ひ泣く 鼻のへこみの ふくらみの 可笑しいかなや とてみな笑ひ泣く