和歌と俳句

若山牧水

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明けてわが 四十といへる 歳の数 をかしきものに 思ひなさるれ

ありし日は ひとごととのみ 思ひゐし 四十の歳に いつか来にけり

いつまでも 子供めきたる わがこころ わが行ひの はづかしきかな

あわただしき 歳かさね来つ いま迎ふる 今年はいかに あらむとすらむ

何やらむ 事あるごとき 気おくれを 年たつごとに 覚えそめたる

年ごとに わが重ね来し 悔なるを 今年はすまじ せじと誓へや

梅見むと わが出でてこし 芝山の 枯芝のいろ 深くもあるかな

咲くべくし なりていまだも さきいでぬ 梅の錆枝に しげし蕾は

枯草の 匂いよいよ かぐはしき きさらぎの野と なりにけるかな

枯草の 原にひともと 立ちほけし 枯木の枝の 光る春の日

立ちとまり 聞けば野の風 寒けきに はや春の鳥 そこここに啼く

坐りたる わが前ちかき 枯草の 蔭を歩みをり 小鳥あをじは

三郎よ 汝がふるさとに 来てみれば 汝が墓にはや 苔ぞ生ひたる

明日去ぬる 港とおもふ 長崎の 春の夜ふけに 逢へる人々

庭の松 乏しかれども そよ風に さゆらぐ見れば 春は来にけり

唄うたひて 紙漉く聞ゆ 紙すきの わが友の村を 通りかかれば

山川の すがた静けさ ふるさとに 帰り来てわが 労れたるかも

故郷に 帰り来りて 先づ聞くは かの城山の 時告ぐる鐘