和歌と俳句

若山牧水

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見よ下に はるかに見えて 流れたる 千曲の川ぞ 音も聞えぬ

入りゆかむ 千曲の川の みなかみの 峰仰ぎみれば はるけかりけり

ゆきゆけど いまだ迫らぬ この谷の 峡間の紅葉 時すぎにけり

この谷の 峡間を広み 見えてをる 四方の峰々 冬さびにけり

みなかみや いまだ岩見えず 真砂地の 広きに澄みて 瀬々の流るる

岩山の いただきかけて あらはなる 冬のすがたぞ 親しかりける

岩山の ふもとの野辺の 枯草の 色あざやけし 冬の浅きに

とろとろと 榾火燃えつつ わが寒き 草鞋の泥の 乾き来るなり

居酒屋の 榾火のけむり 出でてゆく 軒端に冬の 山晴れて見ゆ

谷ぞひの 村とりどりに 人出でて いま冬ごもりの 構へするなり

昨日今日 逢ふものはただ おもおもと 大根つけたる その馬ばかり

冬ごもり 雪の下にゐて 食ふものに かばかり大根 作るなりとふ

冬枯の 荒野のなかの ひとところに 作られて大根 真青なりけり

この国の 寒さを強み 家のうちに 馬引き入れて 共に寝起す

寒しとて 囲炉裡の前に 厩作り 馬と飲み食ひす この里人は

のびのびと 大き獣の いねたるは うつくしきかもよ 人の寝しより