和歌と俳句

若山牧水

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みすずかる 信濃の国は 山の国 魚なくて鯉があるばかり

鯉こくに あらひにあきて 焼かせたる 鯉の味噌焼 うまかりにけり

味噌焼に やがて飽きつ 二年子の 鯉の塩焼 うまかりにけり

信濃なる 鯉のうちにも 佐久の鯉 先づ喰ひてみよと 強ひられにけり

信濃なる 梅漬うまし まるまると なまのままなる まろき梅漬

朝ごとに 噛む梅漬の 音のよさ この旅人に 日和つづきて

とろろ汁 とろりと啜り あぢはひつ 冬に入れりと 語らへるかも

楽しみて わが作らせし 大根おろし 喰ひてわが泣く 鼻の抜くると

野末なる 山に雪見ゆ 冬枯の 荒野を越ゆと うち出でて来れば

大空の 深きもなかに 聳えたる 峰のたかきに 雪降りにけり

甲斐が嶺の むら山のなかの ひとつ山 峰のたかきに 雪降りにけり

人いまだ ゆかぬ枯野の 今朝の霜を 踏みてわがゆく ひたに真直ぐに

野のなかの 路は氷りて 行きがたし かたへの芝の 霜を踏みゆく

枯れて立つ 野辺のすすきに 結べるは 氷にまがふ あららけき霜

わが袖の 触れつつ落つる 路ばたの 薄の霜は 音立てにけり

朝日いま 野にはさせれど うら寒し 枯薄ただ 霜にましろく

八が嶽 峰のとがりの 八つに裂けて あらはに立てる 八が嶽の山

昨日見つ けふもひねもす 見つつゆかむ 枯野がはての 八が嶽の山

冬空の 澄みぬるもとに 八つに裂けて 峰低くならぶ 八が嶽の山