大木の根こぎたふれし道のべにすがれて赤き曼珠沙華の花
あらしあとの夜ふかき海に働くか力みちたる人間のこゑ
冬日さす大きうまやにほし草のさ青のにほひなつかしきかな
茱萸の葉の白くひかれる渚みち牛ひとつゐて海に向き立つ
ふるさとの春の夕べのなぎさみち牛ゐて牛の匂ひかなしも
夕日てる笹生がなかゆ子牛いで乳のまむとす親牛はうごかず
草原につなげる牛を牽きに行く日のくれ方のひとり寂しき
あをあをと楠の葉高くさやげども冬木の朴に日は静かなり
手につめば匂ひするどし朴の芽のひそかなる命に触りにけるかも
貧しさに堪へつつおおふふるさとは柑類の花いまか咲くらむ
さくら田のみ濠の土手にすかんぽの穂立ほうほうと春ふけにけり
あかかと夕日さしたり濠隈にのこれる鴨の寂しくおよぐ
水づきし萬葉古義を屋根の上に君と二人し干しにけるかも
深川の八幡のまつり延びけらし街のかざりを取りゐる真昼
まひるの潮満ちこころぐし川口の橋のたもとの日まはりの花
大きなる蕊くろぐろと立てりけりま日にそむける日まはりの花
大き花ならび立てども日まはりや疲れにぶりてみな日に向かず
秋づきて暑きまひるの地上のもの緑はなべて老いたるらしも
炎天にあゆみ帰れりやすらかなる妻子の顔を見ればかなしも
疲れやすき心はもとな日まはりの大きくろ蕊眼に仰ぎ見る
牛の肉のよき肉買ひて甘らに煮子らとたうべむ心だらひに
な病みそまづしかりともわが妻子米の飯たべただにすこやかに
海にむきて高き斜面の枇杷の山枇杷をもぎゐるこゑきこゆなり
あかつきの障子あくれば海風に蚊帳浮きゆらぐ友も覚め居り
ふるさとにわれは旅びと朝露につみて悲しき蛍草のはな