いただきより水そそぎけりみ墓石 さやけく濡れて光るしづけさ
二月の午前の日かげあざやかにわが影ありぬみ墓べの土に
春あさみ飛鳥の山の枯芝に吹く風有らし埃ひかれり
寒の水にしづかにひたす硯石蒼き匂ひのいさぎよくして
こがらしの風吹きすさぶ障子のうち咽ゑごくしてひと日暮れたり
冬ひかげ一日あたるふるさとの廣き縁がはを思ひつつあはれ
節分の豆まきにけりこの冬をわれつつがなくすぎにけらしも
家ぬちに灯かげあかるし節分の夕餉の膳に向ひけるかも
目にひらく六郷川の川口のおほにくもりてあたたかく見ゆ
裾きよく細谷川をめぐらせる草山の上に牛は群れたり
牝牛みな厩に入れて夕がたの乳しぼるべき時にはなりぬ
牧場の十一月の草の葉の光しづけく夕映えにけり
ふるさとのこの春雨にあさみどりぬれたる山を見つつ別れむ
上つ総小糸のさくの柿わか葉こころあかるき今日の旅かも
かがやかに風わたるらし行く道の柿の若葉のうごきつつ見ゆ
高原の午ちかき日の照りぐはし若き薄に風吹きにけり
小山田にこゑめづらしくなく蛙いまだは水に遊ばざりけり
みなみ吹く山田の土手に一株の鬼あざみの芽青く光れり
春のあらし吹きてあたたかし昼飯の菜にうれしき分葱の膾
二つ山三角標のもとに咲くすみれの花をまたたれか見む
ここにしてわが立ち見れば安房上總うららかに起き伏しにけり
ふるさとの最も高き山の上に青き草踏めり素足になりて
ふりいでしこの春雨に桑畑の幹立ちぬれてさみどりに見ゆ
春雨に濁りそめたる川の水木屑うごきて流れくる見ゆ
ふるさとにわが摘みとりて搗きて来し蓬の餅かび生えにけり