山かげに畑打つ人に心うごき都かなしく吾なりにけり
夕山に来ゐる白雲安らけく汝が居るみればふる里おもほゆ
帰りきて坂に我が見るわが家はまだ灯もささず日は暮れたるに
いましがた田ゆ帰りしと軒闇に母が立たすに我が胸せまる
吾からと別れを強ひし心もてなにに寝らえぬ夜半のこほろぎ
ひそひそになくや蟋蟀ひそかにはわが鋭心はにぶりはてしも
さ夜ふかくなくやこほろぎ心ぐし人もひそかにひとり居るらし
かぎろひの夕棚雲の心ながくながく待つべみ君のいひしを
川隈の椎の木かげの合歓の花にほひさゆらぐ上げ潮の風に
たもとほる夕川のべの合歓の花その葉は今はねむれるらしも
夕風にねむのきの花さゆれつつ待つ間まがなしこころそぞろに
夕かけて麦蒔きをはり畑裾に立ちてながむるその夕畑を
わが父も眺め居るらし麦蒔きて土あらたなる畑の上の月
昼の野になくやこほろぎほろほろに父母の手にすがらまくすも
祭あとの物のちらばり目に立てる畳のうへに秋の日のさす
雨あがり春の野みちを踏みてゆく草鞋のそこのしめりくるかも
春まひる日のかへろひに湖の面はくろく沈みぬそのひとときを
かへり見る鳥居の奥の夕がすみ木ぬれの空はいまだあかるし
ゆふがすみうすくつつめるこの丘の社の町に灯はともりたり
よろづみな闇にただよふ春の夜のま底に深く湖はしづめり
湖のべのこよひのやどりともしきに春神鳴のなりわたるなり
春の雷いみじく鳴りてすぎしあと暗き湖べにわれひとり立つ
春の夜のあらしは止みぬ水の上の鳥居の雫おちてひびくも
冬日和野の墓原の赤土のしめりともしみわがたもとほる
石ひくくならべる墓に冬日てりひとつひとつ親しくおもほゆ