北原白秋

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千樫
秋さびし もののともしさ ひと本の 野稗の垂穂 瓶にさしたり

千樫
秋の空 ふかみゆくらし 瓶にさす 草稗の穂の さびたる見れば

秋ふけぬ 物の葉ずゑに 立つ蟆子の かそけき光 ただに思はむ

稗草の 穂向きにちらふ 蟆子のかげ 驚きて思ふ うらさびにけり

さびさびて 今は光らぬ 野稗の穂 親しかりにし 人も死にせり

野稗の穂 瓶にさしつつ うらさぶし かくのごとくや 人の坐りし

吾が門は 電柱の根に 夕日さし うらがれぐさの 穂が映るなり

草の穂に 移ろひはやき 日のあたり このごろはわれも 病みやすくして

皇禮砲 とどろと響き 雨間なり 柿のもみぢが うつくしく見ゆ

航空船 黄にうかび來て とどろけり なにかはさむき 日の曇りなり

はらら飛ぶ 小禽あはれと 觀つつゐて 霜の葉おほき 木々に驚く

とのぐもり 羽ばたきとよむ 飛行機は 向ふ時雨に 今は列竝む

吾が庭は 白き小菊の 銭菊の ただに明りて 朝の濃き霜

菊の花 酢にひたしつつ うらさぶし かくしつつこそ 秋も過ぎなむ

白菊の 青み冱え來る 夜の寒さ 百燭のあかり 近く寄せ置く

御會式の 萬燈あかく 山を去り 蹤きゆける太郎 この夜歸らず

子を呼べば まばたきすもよ この夜さり 谷地の灯あしが まつ毛なし見ゆ

父われの 大き靴はき 童なり 萬燈に蹤きて いづち向き行く

わが聴くは 小さき足音 ひとつのみ 夜は暗くして 群の足音

灯は多し もとも大きく みづみづし 紫の燭は 映画館ならむ

和歌と俳句