北原白秋

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かげ寒き 池の水面や つれづれと 家鴨およげり 鴛鴦を前に

尻あげて 水に竝みゆく 水禽の ちらら後掻く ふりの寒けさ

畑なぞへ 冬の砂利道 行きのぼる 柚子色の帽は 悲しきごとし

夕凍に むらさきしきぶ 數光り 電線は切れて 橋に垂れたり

冬の道 くだりてのぼる 木原山 射的の音が ひどく確かさ

冬の土 ひた乾くから 小胸張り かうかうと行く 小學生なり

とまり木に からみて朱き 鳥瓜 毛は荒しもよ 剥製の栗鼠

頤ひげを くひ反らしつつ 愚かなり 剥製の栗鼠を 氷雨にぞ置く

冬ちかき 一望の寂 映りゐる 剥製の栗鼠の 大き眼の玻璃

寂しくも 遊ぶ暇は 無き我を 剥製の栗鼠は しげくあるらし

秋冬を 心むなしき 夕ながめ 剥製の栗鼠は 眼の光るあはれ

いつまでか 長き日あしぞ 炎立ち 冬木にたぎる 寒空のいろ

寒の土に 佇ちつくしつつ かそけさよ 冬は蛍も 飛ばぬものをよ

末ほそく 下枝引き張る たけ高き ヒマラヤ杉は 冬によき杉

さんさんと ヒマラヤ杉を 洩る月の 後夜たちにけり 冬に立つ影

わらべどち 憎む境の 切崖は 陸橋がかかり 椿花むら

花深く 紅き椿や 下枝さへ 光るばかりを 上にも上にも

小學生ら 聲放りあげて 行きにけり 椿の花が ひたあかきなり

花ふかき 椿はすごし つらつらと 出て來てはくぐる 子らが足竝

老椿 下照る道の 春の泥 洗足の池は けだしこの奥

和歌と俳句