北原白秋

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木槲の しづけき空へ ちりかけて 櫻はしろし 光る花びら

木槲の 一木が陰の 行潦 さくらの花は 漂ひにけり

春じめり 散りたる花は 滑岩に 平に貼りつき いとどしきしろ

庭土に 花びらしろき 春眞晝 つぶさに觀れば 風あるかなき

風たまゆら 土にしづけき 花びらの ひとつ舞ひ立ち はらら皆立つ

春まひる 土移りする 花びらの 光りつつとまり 後はしづけさ

石が根に ともすれば寄る 花の瓣 風無かりけり 動きつつ止む

世田ヶ谷は 欅竝木の 若芽どき 牛車つづきて 騎兵隊がまた

欅木群 寒けかりしか 夏向ふ 今いちじるし 若芽萌え立つ

欅の 木の芽立つこそ こまかなれ 寝室の窗は 朝開け放つ

曇天に 萌えつつひかる 樫若葉 浮びてしろき 浄水池の塔

あさみどり 芽ぶくくぬぎの 木々の間に 櫻は乏し ちらひそめつつ

日にけに 雑木の萌の かがやけば 身はかいだるし 胚芽米食ふ

若葉風 揉み來る見れば おそらくは 田には蛙の 眼も光るらし

木のま透き 花遠じろく 見えにける 若葉がくりに なりにけるかな

木の芽ぶき いつかしづけく なりにけり 葉に出づるものは 葉に出たるらし

とみにあをむ 芽ぶき楊や 門いでて 砲車とどろ來る 音感じをる

春惜む この家ゆするは 日の闌けて 砲車つづき來る 永き地響

タンクの 無限軌道の 地響なり 一臺が行きて また續き來る

タンクの 銃眼にすわる 大きなる 眼かがやけば 春ふかむなち

木々若葉し 日は照りかがやく 地おもてを 壓しひしぎ行く タンクの齒ぐるま

砲車トラツク装甲車機関銃隊 日毎とどろかす 地響を吾れは

重砲隊 とどろ壓し來る 地響に 叫び應ふる 鵞鳥早や亡し

和歌と俳句