北原白秋

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起床喇叭 吹き習しゆく 木の芽どき 月夜にはよき 夏向ふなり

春今宵 喇叭吹きさし わが門を 青年團ならむ 何か言ひをる

二方に 喇叭吹き合ふ 夜のおぼろ 田にも蛙の 啼き出したしさ

棚にして 見のすがしきは 雨あとの 通草が綴る 蔓の葉の萌

ぬか雨の ちららにむすぶ 雌雄の はな通草はすがし 蜆いろの花

蜆花 通草ちりきし おびただし 時に搖りこぼす 棚の上の雨

雨落に 通草の花は ちり泛きて 中流れをり 清きむらさき

雨たもつ わか葉の通草 すがすがし 棚ぬけてそよぐ ことごとの蔓

この硝子戸 外の日の照りに わが見るは 風の吹きまくる 八重ざくらのみ

風の今朝 八重のさくらは ほたほたと 吹きもぎられて 色のさやけさ

石のべに 緑沁み出る 嫩芽立は ひびやくしんの 春のすがしさ

清しくも 今朝ふる雨や 新葉立つ 矮檜のいろの 石に映ろふ

肩章の 三つの星を見よと 來りけり 手をあげにけり 背は低き兵

汗ふくと 軍帽をとり 息づけり 額のみしろき 上等兵あはれ

此處に來し 安けきかどかと あぐらゐて 譽まさぐる 兵卒あはれ

對ひゐて 兵卒はにほひ はげしけれ 街道に遭ふ 縦隊のにほひ

兵卒は くるしからむと この照りを 病ふなきかと ただに見てわれは

踏處なく 見ゆる椿も おほかたは 早や朽ちかけぬ 紅きは三つ四つ

落ちかさみ 闌くる椿や その花の ひとつ紅きに 蟻のぼりをる

吾が門は 築土の端の 白薔薇 おもてへは向かず こなたへと咲く

眺めゐて くぐりの白き 花うばら 出つはひりする 子らがよろしき

和歌と俳句