北原白秋

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蝉しぐれ しづけき山に 行き向ふ 眞晝は明し 我があるきつつ

蝉時雨 ながらふ聴けば 母の手の 冷たき手觸り 繁みにおもほゆ

蝉のこゑ しづもる山の 晝闌けて 光る黒檜の 土用芽は見ゆ

東山野 この夕はじめて きく聲の 茅蜩のこゑは 竹にとほれり

月すでに のぼりて淡き 黄のしめり 茅蜩のこゑぞ 森にとほれる

紫は 茄子の月夜の 陰ながら 傍ゆく水の よく光るなり

月夜空 高ゆく夏の 薄雲は 消えつつしあれど 涼しかるらし

雨夜雲 移ろふ月の つぎつぎと 先あかりつつ すでに露けさ

猪子雲 照り出る月の 傍雲の 氣に引く見れば 茜細雲

翔りけり 狭田の青田の ひと色に きようきようとして いち早き百舌

青き田の 見はらしどころ ここにゐて 二階は涼し 風そよぐ見ゆ

目に移る さ青の稲田の そよろ風 夕かげのいろと 満ちてすずしさ

うち向ふ 竹の林の 夕じめり ひぐらしのこゑを ひとり聴きゐる

氣色には 匂のみなる 夕霧の 竹の端山に ありてしづけさ

天蛾の 翅あげて來る ゆふべには 夕顔の大き 花もこそ咲け

父我は 言にうちあげず 月の出を 大き天蛾の 翅降りる見る

一方に 蛙啼く田の はるけくて 月わたる下び 雲堤引く

照る月に 面ふりむけ わがかざす 葡萄の房の つぶら實の玉

房ながら まろき葡萄は 仰向きて 月の光に うちかざし食む

雛鳥の 咽喉あけたる 子が口に 葡萄つぶら玉 いれてをりわれは

和歌と俳句