北原白秋

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植ゑ竝めて みどりすずしき 下の田を 畷も畦も 見のあをみつつ

田の水に 茅萱うつりゐ しづかなり このすがしさの 眞晝經ちたる

田のあぜを こなたかがみに 叉手つかふ 人かげ見れば 梅雨あがりけり

田は植ゑて うつりよろしき 秦皮の 若葉も過ぎぬ 五四本づつ

畦竝木 遅き若葉も ふきたちて 青葉がうれの また明るなり

朝目覺 清にすがしき このごろは 田面も畑も 青よひと色

あさみどり しきり搖れ合ふ 竹群は 若竹の秀と 風にすずしさ

さしあかり 夕かげあをき 竝田に そよそよとある 時化後の風

さ青の田に 沁みつつひびく 蝉のこゑ 夕づきにけり うつくしき晴

梅雨過ぎて なほも降りつぐ 日癖雨 このごろ見ねば 庭も荒れたり

梅雨のまも 桃の繁り葉 末葉立ち また掻き垂れぬ 夏檜葉のうへ

梅雨あけの 葉かげに照らふ つぶら玉 豊後梅は紅し 花のごと見ゆ

コスモスの 立莖あかき 梅の根は こぼれ日つよし 地靄立ちつつ

空のむた 蒸しつつしろき 日は暑し 草いらふ手に ひかる汗はや

土ほてり 闌けつつもあるか 日のさかり 爪立ちてしろき 猫はかまへぬ

外に出して 晝は果敢なき 鉢ながら 瓢箪の花の 夜は咲きにけり

蛙鳴く くらき水田の 夕澱み 電柱に添ひて 月のぼる見ゆ

圓けくも 未だし光らぬ 朱の月 ひむがしの塵の 澱みにぞ見ゆ

ゆらぎたち ややに照り來る 月の出を 田には蛙の こゑしきるなり

短夜の 月の表と なりにけり 蛙鳴く田が ただ明うして

月の道 いつか南へ 下りぬらし 光は涼し 田にひたりつつ

和歌と俳句