北原白秋

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葉がくりに いまだか青き 櫨の実の 幼なごころよ 我はゆめみし

累なす 櫨の木群の 深みどり 我が水上は み霧霽れつつ

山門は 丘も水際も 櫨群の たわわのみどり したたりにけり

酒屋には 酒屋よけむと 嫁に来し お加代姉さも ただの古嬬

空飛ぶを 弟があやつる 翼かと 早やおぼすらし 声おろおろに

御許には 童女童数群れて 亦若かりし けぶりだになし

額髪の 笑ふ女童 このごとく あどなきものを 恋ふとありにし

我老いぬ ただに愛しき 額髪の 面あげてある その子ら見れば

夏ごろも 匂ふ少女は 朝ひらく からたちの花と 清しかるべし

雨に佇ち 竝びゐやまふ 子ら見れば 我幼なくて かくも迎へし

石多き 林泉のたをりに つく鴨の 寄り寄りにさびし おのがじしをる

この林泉に 潜く野鴨の 夏鴨の 数は光れど 広き水の面

か広くて 却てしづけさ まさりける このよき林泉に 鴨おほくゐる

昼の林泉 石のあひさに ゐる鴨の 一羽は黝し つれづれの鴨

泉石の ここだあかるき 真日照に 青鷺が佇てり 泛く鴨のあひだ

日のうちも 幽けくあらし 引く水の かがよふ方へ 鴨の寄り行く

日は暑し 林泉の撓りに つく鴨の ゆきあひの鴨の くわうと啼きたる

林泉の 鴨おほに遊べば ゆふつ方 荒き野鴨も 下りて来にける

林泉や夏 空の広らを 飛び来る 荒き野鴨の ふりもおもしろ

林泉や夏 この夜浅きに 水にゐて 月の光を 潜くものあり

和歌と俳句