北原白秋

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滴りいとど 仏師がい掻く 赤漆 箆うちかへし 春もいぬめり

春もやや 潟の水曲を 行きありく 白鷺の眼の 黒くするどさ

涼しさは 水豊かなる 柳かげ 葦笛吹きて 我等行けりし

夏の照り 葦辺行く子は 魚籠もちて 何か真顔の 我にかも似る

今ぞ見む 郷国は童が どの顔も 我によく似る 太郎によく似る

菱採りは か揺りかく揺り 桶舟に 両手掻きして その菱掘を

菱売は 久留米絣の 筒袖に 手も脛も黒く 菱やとふれ来る

驟雨の後 日の照り来る 草野原に おびただしく笑ふ 光を感ず

草原に まだ滴する 格納庫 日は直射して 白雨過ぎぬ

蟻のごと 兵列小さく 曲り来て 格納庫角の 銀灰の照り

照りを来し 頭右して 過ぎにけり 二列縦隊の 地上作業の兵

空は夏 光沢あるはたて うるほひて 格納庫の上の 白き断雲

飛行帽 まぶかに笑ふ 逞ましき この赭顔見れば 期するあるなり

単葉ドルニエ・メルクール機 両翼張り 大き安らあり 尾を地に据ゑぬ

平らけき 今日の地平の あさみどり 軽気球あがる 空気がありぬ

音に澄み まはるプロペラ 風速し 我が天翔る 時ちかづきに

滑走し 去りてふはりと上る 単葉機の 流るるがごとき 脊筋なりしと

雲ぎはに 機体消えてより 胸せまる 虫のすだきを 原に聴きぬと

和歌と俳句