北原白秋

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魚市場 落日あかきに 手品師は 鍔までもりゆと 刀を呑みつも

風かよふ 蘆のまろ屋に 息ほそり 白鷺のごと 臥やる姥はや

老の息 かくて絶えなむ 女童の 陰どころさへも 知りきと泣くを

墨を磨り 若かへるでは 朝光の すずしきがほどを ゆとりもたなむ

太鼓橋 欄干橋を わたるとき 幼子我は 足あげ勢ひし

三柱宮 水照繁なる 石段に 瑪瑙の小蟹 ささと音あり

神楽殿 砂吹きあぐる 白南風に 小蟹ちり走る 鋏立てたり

しほ涸川 堰の下の 葦むらに 行々子鳴きて 鳰はお掘に

我つひに 還り来にけり 倉下や 揺るる水照の 影はありつつ

夏真昼 わが故郷は 外に干して 巻線香の にほひかなしも

しづかさは 殿のお倉の 昼鼠 ちよろりとのぼり またも消ぬかに

御船倉 水照ゆたかに 舟うけて 吹き通る風の 夏はすずしさ

御船倉 いとど明るき 水の上は 蛙のこゑも よく徹るなり

水のべは 柳しだるる 橋いくつ 舟くぐらせて 涼しもよ子ら

土橋を わが往きかへる 柳かげ 青銭一つ 投げてわたりし

南風すずし 籠飼あげをる 舟わきを わが舟にして 声はかけつつ

風のさき 黄なるカンナの 群落に 舟棹しかへす 今はまぶしみ

橋ぎはの 醤油竝倉 西日さし 水路は埋む 台湾藻の花

背戸ごとに 小舟纜へる 汲水場には をりをり女 居りて日暑し

夏掘と 狭む水曲の 葦むらは たださわさわし 小舟棹しつつ

和歌と俳句