北原白秋

25 26 27 28 29 30 31 32 33 34

くだら野の 窪処の氷 ほの青し 日の夕かげの 近づきにけり

日おもてと 家群なごむ 畑なだり 高粱の根は よく鋤きにけり

夕日照る 枯山なだり 地に引きて その木がたもつ 影のしづかさ

車挽きて 騾と驢馬と行く しづかなる 夕かげの野に 我も在るなり

夕光の 疎林におよぶ 野の平 音きしませて 行く車輛らし

平らけく 枯野に明る 夕光の 遠及びつつ 寒しともなき

行くものの 何とはなけれ 移りゐて うらめづらしき 夕光のいろ

夕光の かくうらなごむ 枯野には 色すらも声に 顕ちて匂はむ

朝光の 此方ゆ射せば 縞目なす 高粱の根は 雪のごと見ゆ

畝竝みの 冬枯根黍 はてしなし 夕かげ明く 満ちにけるかも

落つる日に 我がひた向ふ 野の原は 光しみつつ すぐろなる土

朝出でて 一往復 鋤くのみに 日の赤く落つる ここは大陸

地平より 根黍鋤き来し 大き人 今正面なる 入日に赤し

興安嶺 黒く繁み立つ 落葉松の 林は寒し 雲の上に見ゆ

雪の線 劃りて黒き 落葉松の 群落はよし ほそき木の梢

谿なだり しづもる雪の 片空は 木群が黒し ほそき落葉松

落葉松の 木群が梢に 立つ霧は かがよふ谿の 雪解くるなり

岩膚の 岱赭に蒼む 色見れば 斑雪の雪解 下滴りにけり

興安嶺 越えつつぞ思ふ この山や まさしく大き 大き山脈

日をつくし 大き螺状に のぼるとき 興安嶺は 深しと思ひぬ

和歌と俳句