北原白秋

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土糞 掻きほけくらす 人居りて 春あたたかき 夕光珍ら

春ゆふべ 野焼の跡に 佇める 白き馬見れば 尾に遊ぶかに

春の野は 唐子抱ける 母も出て 夕陽こもれる よき空気なり

春夕は ひとり野歩く 馬をりて おのづから帰る 道知るらしき

早や点し 物恋しかる 灯のいくつ 満洲にして 春は幽けき

天霧らし 降る雪見れば 鵲や 早や群れ飛び来 いづこよりとなく

鵲は 雪ふり乱る 空にして 色まぎれなし 飜り羽ばたく

春雪の ひと降りゆゑに 飛び乱る 鵲の羽も つやに顕つめり

本渓湖 影清らなり 春雪の 後冷えにして 空の晴れたる

衣そそぐ 水にかあらし 芽楊の 外面光りて 波紋のみ見ゆ

疲れけり とろむ蛙の 音は聴きて 五竜背温泉に どかと足投ぐ

田は鋤きて また冷えたらし 土の端に 斑雪の色の 明れる見れば

解氷の 渦巻きすごき 黄の濁り 鴨緑江は むべ大河なり

一夜に 春いたりけむ ありなれ 河水張り裂けて とどろきにけり

鴨緑江 照りひろびろし あきらかに 流氷を追うて 材を流すなり

鋼橋の 遠き正面ゆ 来る子らが 衣手紅し 目に近づきぬ

春まさに 国の境の 大き河 氷とどろけば 冬果てしなり

春霞む 白塔ならし しらしらと 我が見る方に 今ぞ見えつつ

湯崗子 遠く来りて あはれあはれ 鴛鴦の湯に ひとり浸るも

うちこぞり 湯川にとろむ 蟇のこゑ おろかながらに 春ぞふけたる

娘々廟 かすむ日紅し 見て居りて ここらは低き いくつ枯山

鞍山は まことよき山 よく枯れて よき鞍型の 春さきの山

大和尚山 ねもごろ霞む 麓べは 春かたまけて 紅梨の花

山すそに 桃の花さく 大和路に 茫漠とありし わが旅果てぬ

和歌と俳句