やまのはは わけよるままに あらはれて 霞をこむる 松のむらたち
梅が枝に 色をば残せ 吹く風も 心あればぞ 香をさそふらむ
小萩さく かたやまかげの ひぐらしの 鳴きすさびたる むらさめの空
逢ふまでの 思ひはことの 数ならで 別れぞ恋の はじめなりけり
あさましや などか思ひの さしも草 露おきあへず はてはもゆらむ
しぐれゆく 松のみどりは 空はれて 嵐に曇る 峰のもみぢ葉
ひとなみに しづが袂の かはるこそ 花の衣の 名さへ惜しけれ
千載集・雑歌
世の中の 憂きは今こそ うれしけれ 思ひ知らずは 厭はましやは
千載集・恋
思ひ寝の 夢だに見えで 明けぬれば 逢はでも鳥の 音こそつらけれ
千載集・雑歌
さびしさに 憂き世をかへて しのばすは ひとり聞くべき 松の風かは
谷ふかき 霞のまどは あけやらで 雲にいざよふ うぐひすのこゑ
新古今集
暮れて行く 春のみなとは 知らねども 霞に落つる 宇治のしば舟
よをかさね 心になれて ほととぎす 初音ぞ飽かぬ 名残なりける
夏ふかき 森のこずゑも うつせみの 羽におく露は 秋の夕暮
おもひあまり 名のるともなき 蟲の音の しのにこもれる 野辺の夕風
誰となく 恋ひしかるべき 今宵かな 月影いとへ さを鹿のこゑ
新古今集・秋
村雨の 露もまだひぬ まきの葉に 霧たちのぼる 秋のゆふぐれ
さびしさを 誰しのべとか 小倉山 秋の麓に さを鹿のこゑ