和歌と俳句

寂蓮法師

十一

鈴虫も よにふるみちを 厭へばや 野辺をば捨てて 山になくらむ

おほたけの 峰ふく風に 霧はれて 鏡の山に 月ぞ曇らぬ

山の端も またならびなき おほたけに さこそは月の 隈なかるらめ

おのづから まがきの野辺を かきわけて 鹿すむやどを 訪ふ人もがな

嵐山 木の葉ふりしく 麓より 鹿すむやどを 思ひこそやれ

きく袖の 露の深さも あるものを ねやまの裾の さを鹿のこゑ

牡鹿なく おなじねやまの 裾なれば ききわく袖ぞ 露もおきそふ

もる月は ねやの板間に 影ふけて わが身の秋を 思ひあかしつ

ながめつつ たのめし月も 影ふけぬ わが世の秋は いまいくよりも

鹿のねを おくる長等の 山風を 稲葉にきくや 志賀の里人

鹿のねを 稲葉の風に つたへきて よをうらみたる 志賀の里人

初時雨 人もきてみぬ やまかげに 夜のにしきを おりそめてける

君がすむ やどのこずゑは 月影の 隈なき夜の にしきなるらむ

かき曇り 山めぐりする むら時雨 もののあはれを そめて過ぐなり

かきくらす もののあはれの 山めぐり 時雨をそむる 心なりけり

法の水 浅くなりゆく 末の世を 思へば悲し 比叡の山寺

法の水 深き流れも 絶えぬべし せきいれて山の かげにすまずば

東路を 越え来る春の あとなれや けさ逢坂の 雪のむら消え

花はみな 散り果てぬとも 梅が枝の ふるさととはむ うぐひすもがな

ときは木の かさなる谷の 岩躑躅 いづこよりさす ひかげなるらむ