和歌と俳句

齋藤茂吉

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秋に入る みちのく山に 雨降れば 最上川のみづ 逆まき流る

大石田の 橋をわたれば 汀まで くだりて行きぬ 水したしみて

最上川の 岸ひくくして 濁りみづ 天より来る ごとくぞおもふ

元禄の いにしへにして 旅を来し 芭蕉の文字を ここにとどむる

左沢の 百目木たぎちて 最上川 ながるるさまも 今日見つるかも

最上川の さかまくみづを 今日は見て 心の充つる さ夜ふけにけり

われいまだ 十四歳にて 庄内へ 旅せし時に 一夜やどりき

新庄ぶし あはれなるこゑに 歌ひたる こよひのことを また思ひ出む

さ夜なかと なりたるころに 目をあきて 最上川の波の 音をこそ聞け

野分すぎて みだれふしたる 草むらに 常にゐざりし 小鳥おりたつ

月読は あかく照れども はるかなる 空をわたらふ 雁もきこえず

よひよひの 露ひえまさる この原に 病雁おちて しばしだに居よ

みづうみに ゆふぎりがくり 啼きながら 屯する雁も 安からなくに

さ夜なかに ねむりより覚めて おもふこと 何に心の 弱きにやあらむ

しぐれの雨 山をめぐりて わが庭に 高萱しろく 枯れにけるかも

朝明より 日のくるるまで 一日だに 心しづめて 吾は居りたし

なべて世の ひとの老いゆく ときのごと 吾が口ひげも 白くなりたり

なまぬるく 時雨ふりをる 今宵もか みちのく山に 雪ふるらしも

戒名を おぼゆるときも 無かりしか 父みまかりてより 一年を経ぬ

あかあかと 月冴えわたり 落ちゆくを 紙帳をいでて 吾は見にけり