和歌と俳句

齋藤茂吉

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飛行機に はじめて乗れば 空わたる 太陽の心理を 少し解せり

丹沢の 上空にして 小便を 袋のなかに したるこの身よ

雲のなかに 通過するとき いひしらぬ この動揺を 秀吉も知らず

われより 幾代か後の 子孫ども 今日のわが得意を けだし笑はむ

コメツト 第百二号機は とどろけり 北より吹ける 風にむかひて

山なみの 起伏し来る ありさまを 一瞬に見て おどろきにけり

くろき海の 光をはなつ 時のまの 寂しきを見つ 天のなかより

つづけざまに 風あれの峰峰 やまなだれ 深き峡間も きはまりて見ゆ

直ぐ目のしたの山嶽より せまりくるChaos きびしきさびしさ

いのち恐れむ 予覚のきざしさへなし むなしき空を 飛びつつぞ行く

まむかうの山間に 冷肉のごとき色の 山のなだれは しばらく見えつ

都会の建設を 真下に看過しきたりて 遠きはざまより 雲のおこるを見つ

ビステキの 肉くひながら 飛行士は 飛行惨死の ことを話す

きりもみに 堕ちて来りし 飛行機の ときのまのさも 吾等聴きたり

航空機 ひだりひだりと かたよりて 飛びける誤差の 大いさを聞く

この身 なまなまとなりて 惨死せむ おそれは遂に 識閾のうへにのぼらず

たとへば 隼のごとき 鳥の観像の 心理を人も 疑はざらむ

丹沢山に さしかかりし時の 気流の変動に おもひあたり居り

飛行著陸の のち一時間 あまりして はじめて心に きざすものあり