和歌と俳句

齋藤茂吉

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あたたかき 鰻を食ひて かへりくる 道玄坂に 月おし照れり

ひひらぎの こまかき花の 散りたまる 朝々にして 何か歎かむ

冬の雨 ふる一日だに 厚衾 かづきて寐むと いふ人のあり

新しく いでし鴎外全集を かい撫でて居り 師のごと親のごと

幸くます 母をめぐりて うからやから 今こそはあげめ ことほぎのこゑ

年のはに 君にせまらむ 冀ひ もちつつ今日を あひ集ひける

あまぎらし 雪の降る日は いにしへの 越の聖を 恋ふべくなりぬ

うつせみの わが身も老いて まぼろしに 立ちくる君と 手携はらむ

なにゆゑに 吾が子殺すと たはやすく 聖説くとも われ泣かむとす

年老いし 父が血気の 盛なる わが子殺しぬ 南無阿弥陀佛

冬の陽の しづかに差せる 野のうへに 高き蓬は うら枯れにけり

いとまなき ものの如くに 北空は 昼さへくらし 吹雪する音

山こえて 薬もらひに 来る老は ときどき熊の 肉を礼に置く