和歌と俳句

齋藤茂吉

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雲のうへより 光がさせば あはれあはれ 彼岸すぎてより 鳴く蝉のこゑ

しづかなる 秋日となりて 百日紅 いまだも庭に 散りしきにけり

大龍寺の 門を入りつつ 左手に まがりて行きぬ 君がおくつき

冬靄は ちまたのうへに しづまりて 夜もすがらなる 月照りにけり

わが庭の 一木の公孫樹 残りなく 落葉しせれば 心しづけし

三輪路なる 岡に大和の 三山の ゆふぐれゆくを 恋しみにけり

人麿が 妻を悲しみし 春日なる 羽易の山を たづねかゆかむ

黄にとほる 萩のもみぢば 愛でつつぞ 雷岳を しづかにくだる

やうやくに 鴨公村に いでむとして 飛鳥川原を われ等よぎりぬ

露じもの しげくもあるかと 言ひながら わがのぼりゆく 天の香具山

にほいたる 紅葉のいろの すがるれば 雪ふるまへの 山のしづまり

けさの朝は 信濃ざかひと おもほゆる 遠山脈の かがやきぬ

笹むらは 峡をひろごり しづかなる 色としなれば 冬は来むかふ

もみぢばは すでにすがれて 伊香保呂の やまの木立に 雪消ゆるおと

十字路を 横ぎらむとして 待ちてをり 巻ゲートルを 穿きし少年

何といふ あてもあけれど すわりけり 落葉のうへに 新聞敷きて

うづたかき 落葉のうへに そそぐ雨 われの乱れを しづかならしむ

みず霜は あふるるばかり 置きながら 黄いろになりて 羊歯かたむきぬ

秋しぐれ 降るべくなりて 樹のもとに 白く露なる 銀杏の實いくつ

秋さむき 一日を君に みちびかれ 山陵村に 我は来にけり

藤原の 京のあとに たどり来て かぎりも知らに 心つつしむ

ふかぶかと 落葉つもれる 山坂に 風の吹きまく ときあらむかも

伊香保呂に もみぢ素枯れて 天つ日の 傾くかたの 雪の山山