和歌と俳句

齋藤茂吉

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近よりて笑ひせしむることなかれ白梅の園にをとめひとり立つ

くれなゐににほへるが日もすがら我が傍にあり楽しくもあるか

梅が香のただよふ闇にひとりのみ吾来れりや独りにやはあらぬ

恋ひおもふをとめのごとくふふめりしくれなゐの梅をいかにかもせむ

きはまりて障らふものもなかりけり梅が香たかき園のうへの月

春寒

十日経し春のはだれは小公園に白き巌のごとく残りぬ/p>

北とほく真澄がありて冬のくもり遍ねからざる午後になりたり

算術を学びていまだ起きゐたる子よりも先にわれいねむとす

朝刊の新聞を見てあわただしく蘆原金次郎を悲しむ一時

入りかはり立ちかはりつつ諸人は誇大妄想をなぐさみにけり

山峡を導きし鳶黄金いろの光放てる時しおもほゆ

むらぎもの心にひそむ悲しみを発きながらに遊ぶといふや

庭前

まぼろしに現まじはり蕗の薹萌ゆべくなりぬ狭き庭のうへ

枯れ伏しし蕗にまぢかき虎耳草ひかりを浴みて冬越えむとす

冬がれて伏しみだれ居る山羊歯を切りとりて棄つ春は来むかふ

歌会の歌

節忌
きさらぎの半ばを過ぎて降る雨を雪にならむと語りつつ居り

赤彦忌
一とせに一たび君を偲ぶにも思ひつむることなくなりにけり

近作十首

けさの朝け起きいで来れば山羊歯に萌ゆらむとする青のかたまり

夜の霜降りたるあとの無くなりて土やうやくに定まるらしも

リュクルゴスの回帰讃ふるこころにもなり得ず吾は子にむかひ居り

きさらぎの二日の月をふりさけて恋しき眉をおもふ何故

ヴェネチアに吾の見たりし聖き眉おもふも悲しいまの現に

石垣にもたれて暫し戦を落ちのびて来しおもひのごとし

鼠の巣片づけながらいふこゑは「ああそれなのにそれなのにねえ」

温泉を越えて島原にくだりゆく友おもひつつ昼床に居り

吾のなかに溜まりし滓がいかならむ形となりていで来るらむか

つづけざまに巌爆破する映画みて結論ひとつ得るいとまなし

岡麓先生還暦賀歌

しづかにも老いたまひたる岡大人に祝酒ささぐわれも飲ままく

おもふどち今日はあふがむ歌聖書聖といひませる君を

長生のさきがけしたまふ岡大人の後こぞりて我等も行かむ

さくら花咲きのさかりの木のもとに大人ともろともにゆたけくしあらな

蘭のはなにほひそめたるかたはらに翁さびつつしづまりたまふ