和歌と俳句

藤原定家

ふるさとの しのぶの露も 霜ふかく ながめし軒に 冬は来にけり

やどからぞ みやこの内も さびしさは 人めかれにし 庭の月かげ

霜枯るる よもぎが杣の 枯れ間より 雪消に似たる 冬の若草

雲かかる 峰よりをちの 時雨ゆゑ ふもとの里を くらすこがらし

かこたじよ 冬の深山の 夕ぐれは さぞな嵐の 声ならずとも

苔ふかき 岩屋の床の むら時雨 よそに聞かばや ありてうき世を

浦風の 吹上の松の うれこえて あまぎる雪を 波かとぞ見る

ながらへむ 命も知らぬ 冬の夜の 雪と月とを わがひとり見る

空とぢて またこの暮の いかならむ 日ごろのに 跡は絶えにき

また暮れぬ 過ぐれば夢の ここちして あはれはかなく 積もる年かな

をとめごの 忘れぬすがた 世々ふりて わが見し空の月ぞはるけき

さえのぼる 御階のさくら ふりて 春秋見する 雲のうへの月

山人の ひかりたづねし 跡やこれ み雪さえたる 志賀のあけぼの

新古今集
待つ人の ふものと道は 絶えぬらむ 軒端の杉に おもるなり

の内は なべてひとつに なりにけり 枯野の色も たのむ垣根も

春日山 おほくの年の 雪ふりて 春の朝日は 神も待つらむ

うつしける 月のみ顔は ひかりあひて 軒の荒れまに 積もる白雪

かきくらす 夕べの雪に せきとぢて 心闇路に かよひわぶらむ

数まさる 年にあはれの つもるかな わがよふけゆく 雪をながめて

ふりまがふ をへだてて いでつれど 雲間に消ゆる あまの友舟

うちはらひ 宿かりわびぬ 雪折れの 軒の下道 おもがはりして

雪折れの 竹の下道 あともなし 荒れにしのちの 深草の里

のうへの 朝けのけぶり たえだえに さびしさなびく をちこちのやど

冬きても またひとしほの 色なれや 紅葉にのこる 峰の松原

池のおもは 凍りやはてむ とぢそむる よごろの数を またしかさねば

夢路まで 人めはかれぬ 草の原 おきあかすに むすぼほれつつ

のもる 須磨の関屋の 板びさし 明けゆく月も ひかりとめけり

みなれては これもなごりや をし鴨の なれだにやどの ぬしはわきけり

こぎよする とまりさびしき 潮風に また夢さまし 千鳥鳴くなり

月に出づる 堅田のあまの 釣舟は か波か さだめかねつつ

つくづくと わがよもふくる 風のおとに 昔こひしき うづみ火のもと

冬もふかく しぐれし色を 惜しみもて 初雪またぬ 峰のひとむら

うづみ火の 消えぬひかりを たのめども なほ霜さゆる 床の狭莚

このごろの 冬の日かずの 春ならば 谷の雪消に うぐひすの声

山めぐり 時雨やをちに 移るらむ 雲間待ちあへぬ 袖の月影

とどむべき 人も訪ひこぬ 夕ぐれの まがきを山と 積もる白雪

いたづらに 今年も暮れぬ とばかりに は歎きぞ 添ふここちする

みかり野の とだちをうづむ 楢柴に なほふりまさる 山の木枯し

庭の松 まがきの竹に 置くの 下あらはなる 千代の色かな

思ひやれ 枕につもる 霜雪の むそぢにちかき 春のとなりは

思ひ入る み山にふかき 槙の戸の あけくれしのぶ 人は古りにき

つきもせぬ 憂き思ひいでは 数そひて かはりはつなる 年の暮かな

うすごほり ゐるをし鴨の いろいろに 打ち出づる波の 花ぞうつろふ

こほりゆく みぎはを出づる をし鴨に 山の端契る ありあけの月

明けぬるか こずゑ折れふす 松が根の もとより白き 雪の山の端

朝霜の 色にへだつる 思ひ草 きえずはうとし 武蔵野の原

浅茅生や のこる葉末の 冬の霜 おきどころなく 吹く嵐かな

冬のあした 吉野の山の 白雪も 花に降りにし 雲かとぞ見る

花と見る 雪も日かずも 積もりゐて 松のこずゑは 春の青柳

風のまの もとあらの萩の 露ながら 幾夜か春を まつの白雪

あまつかぜ 初雪しろし かささぎの とわたる橋の ありあけの空

み空ゆく 月もまぢかし 葦垣の 吉野の里の 雪の朝けに

神垣や 松につれなき 夜の かはらぬ色よ おき明かせども

吹きみだる 雪の雲間を ゆく月の あまぎる風に ひかりそへつつ

浜千鳥 つまどふ月の かげさむし 葦の枯葉の 雪の下風

むら雲や 風にまかせて 飛ぶ鳥の あすかの里は うちしぐれつつ

いつはりの なき世なりけり 神無月 誰がまことより しぐれそめけむ

吹く風の やどす木の葉の 下ばかり 霜おきはてぬ 庭の冬草

山の井の しづくも影も 染めはてて 飽かずは何の なほしぐるらむ

池にすむ ありあけの月の 明くる夜を おのが名しるく うき寝にぞ啼く

霜か雪か 尾花にまじり 咲く花の のこりし色も 昔ばかりに

よしさらば 形見も霜に 朽ちはてね 今はあだなる 秋の白菊

かみなづき 暮れやすき日の 色なれば 霜の下葉に 風もたまらず

信楽の 外山のあられ ふりすさび 荒れゆくころの 雲の色かな

月のうへに 雲もまがはで 置く霜を 飽かず吹きはらふ 峰の木枯し

山風の 荒れにし床を はらふ夜は うきてぞこほる 袖の月かげ

冬の日の ゆくかたいそぐ 笠やどり すぐさば 暮れもこそすれ

あともなき 末野の竹の 雪折れに かすむやけぶり 人は住みけり

ふりくらす 吉野のみ雪 いく日とも 春のちかさは しらぬ里かな

おもかげに それかと見えし 春秋も 消えて忘るる 雪のあけぼの

むかしいま 心にのこす 空もなし 枯野の雪の 庭のひとむら

わがやどの 雪は幾重と 春や見む 荒れにしのちの よもぎふのかげ

思ふてふ たださばかりを わが身にて 雪にへだたる 山陰もがな

袖のうへは 四方の木草に しほれあひて ひとり友なき 雪の下かな

天の河 氷によどむ 風さえて ゆくかたおそき 月ぞひさしき

初雪の 祈るやなにの 手向けして いそぐ生田の 杜のしらゆふ