和歌と俳句

正岡子規

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いつはあれと いつこはあれと 日の本の 春はつくばゆ 朝日さしのぼる

我こひは 忍びてよりこ 梓弓 春たちかへる けふさへぞうき

いもとしも そひ寐の床に 新玉の 春は神代の ことしおもほゆ

うちむれて 若菜つむなる をとめ子が かたみの底に 浅き春かも

春の野の 草間がくれの 水よどみ 行くとも来とも わからざりけり

風をなみ 海つらひくく ゐる雲に こよひの空の 雪もよひ哉

日はくれて 駒のいばゆる 聲す也 鞍にやつもる 花の白雪

とこしへに ちらぬ心の 花なれば かつ鶯の なかぬ日ぞなき

夜をこめて 窓うつ雨は 心せよ 夢にも花の うつろふと見ん

鶯の ねぐらやぬれん くれ竹の 根岸の里に 春雨ぞふる

水鳥の うきねのどけき 春の日に 櫻ちる也 しのわつの池

足引の 山は緑に 賤が家の 卯の花白し なけ郭公

隣にも 豆腐の煮ゆる 音すなり 根岸の里の 五月雨の頃

清水の 音羽の瀧の 音高み 涼しくふくる 夏の夜半かな

松山ゆ 車も通ふ 高濱の 高どの遠く 白帆ゆくなり

大空の 富士の高ねも 消え行くか いとど都も 遠くなりつつ

宮人の さんごの靴の あとをなみ 大内山は 苔むしにけり

思ひたえて かくるる山の あばらやに 何をしのぶの 乱れそめけん

心せよ 手綱ゆるみし ひまを猶 月日の駒は はしるなりけり

風にだに 匂ひを残せ 梅の花 ちりての後も 人かとはなん