和歌と俳句

続後撰和歌集

羈旅

天暦御製(村上院)
から衣 なれぬる人の わかれには 袖こそぬるる かたみともみよ

中納言兼輔
おもひやる 心しさきに たちぬれば とまるわが身は あるかひもなし

藤原高光
旅をゆく 草の枕の 露けくば をくるる人の 涙とをしれ

源公忠朝臣 近江守になりて下りけるに 貫之
わかれをし 君にまたわか ならはねば 思ふ心ぞ をくれざりける

寂昭上人入唐の時つかはしける 性空上人
夢のうちに わかれて後は 長き夜の ねぶりさめてぞ またはあふべき

よみ人しらず
わかれ路の 草葉にをかむ 露よりも はかなき旅の 形見とはみよ

小町
露の命 はかなきものを 朝夕に いきたるかぎり あひみてしがな

宜秋門院丹後
わかれては いつをまてとか 契るべき ゆくもとまるも さだめなければ

雅成親王
つゐにゆく 道よりもげに かなしきは 命のうちの わかれなりけり

正三位知家
はかなさの 命もしらぬ 別れ路は まてどもえこそ 契らざりけれ

藤原教定朝臣
心にも かなはぬ道の かなしきは 命にまさる わかれなりけり

前大僧正行尊
命あらば またもあひみむ たのめずと 何かうらむる さだめなき世に

権僧正永縁
老てこそ いとどわかれは 悲しけれ またあひみむと いふべくもなし

成尋法師入唐時 母のよめる
消えかへり 露の命は ながらへて なみだのたまぞ とどめわびぬる

よみ人しらず
思ひやる 心のうちの かなしさを あはれいかにと いはぬ日ぞなき

あがたへまかりける人につかはしける 前中納言匡房
別れ路の 袂にかかる なみだ川 ほさでや後の 形見ともみん

京極関白家肥後
秋しもあれ たちわかれぬる 唐衣 うらむと風の つてにつげばや

大納言忠家母
春霞 たちおくれぬる なみだこそ ゆく人よりも とどめがたけれ

西行法師
程ふれば おなじみやこの うちだにも おぼつかなさは とはまほしきを

前中納言定家
たちそひて それともみばや おとにきく 室の八島の 深き煙を

返し 連生法師
思ひやる 室の八島を それとみば きくに煙の たちやまさらん

法印耀清
年月は あるにまかせし 命さへ またあふまでと おもひなりぬる

久安百首歌に 皇太后宮大夫俊成
しはつ山 ならの下葉を をりしきて こよひはさねむ みやここひしみ

入道二品親王道助
雲ふかき 岩のかげみち 日数へて みやこの山の 遠ざかりぬる

入道前摂政左大臣道家
たち別れ いづれみやこの さかひとも しらぬ山路に かかる白雲

前左近大将実有
まどろめば 夢をみやこの 形見にて 草葉かたしき 幾夜ねぬらむ

雅成親王
旅人の 草の枕と 白露と いづれゆふべに まづむすぶらむ

右近大将公相
嵐ふく みねのささやの 草枕 かりねの夢は むすぶともなし

前中納言定家
なれぬ夜の たびねなやます 松風に この里人や 夢むすぶらむ

権中納言顕朝
夏衣 すそのの原の 草枕 むすぶ程なく 月ぞかたぶく

真昭法師
いく里の ゆふつげ鳥に わかれきぬ おなじたびねの あかつきの空

はつせにまうでける道にてよみ侍りける 菅原孝標女
ゆくゑなき 旅の空にも おくれぬは みやこをいでし ありあけの月

藤原永光
露霜の さむきあさけの 山風に 衣手うすき 秋の旅人

法印覚寛
旅衣 しぼるもつげよ 村時雨 みやこのかたの 山めぐりせば

連生法師
かひがねは はや雪しろし 神な月 しぐれてこゆる さやの中山

源兼明
よそに見て いくかきぬらむ 東路は さながら富士の 山のふもとを

寂縁法師
ゆきどまる ところとてやは 東路の を花がもとを やどとさだめむ

鎌倉右大臣実朝
箱根路を わがこえくれば いづの海や 沖の小島に 浪のよるみゆ

後京極摂政前太政大臣良経
まだしらぬ 山より山に うつりきぬ 跡なき雲の 跡をたづねて

建暦二年内裏詩歌を合られ侍りける時 従二位家隆
たか島の かちのの原に 宿とへば けふやはゆかむ 遠の白雲

僧正行意
藤代の みさかをこえて みわたせば かすみもやらぬ 吹上の浜

前内大臣家良
朝ばらけ はまなの橋は とだえして 霞をわたる 春の旅人

西行法師
むかしみし 野中の清水 かはらねば わがかげをもや 思ひいづらむ

よみ人しらず
草枕 旅にしあれば かりこもの 乱れて妹に こひぬ日はなし

人麿
わぎもこが 袖をたのみて まのの浦の こすげの笠を きずてきにけり

大納言旅人
くさがえの 入江にあさる あしたづの あなたづたづし ともなしにして

長田王
あしきたの のさかの浦に 舟でして みしまにゆかむ 浪たつなゆめ

よみ人しらず
なにはとを こぎいでてみれば 神さぶる いこまのたけに 雲ぞたなびく

前中納言匡房
かぎりあれば やへのしほぢに こぎいでぬと わがおもふ人に いかでつげまし

寂蓮法師
さとのあまの 焼きすさびたる もしほ草 またかきつめて 煙たてつる

式子内親王
みやこ人 おきつこじまの はまひさし 久しくなりぬ 浪路へだてて

待賢門院堀河
旅にして 秋さり衣 さむけきに いたくなふきそ むこのうらかぜ

登蓮法師
みさごゐる いその松がね 枕にて しほかぜさむみ あかしつるかな

道助法親王家の五十首歌に 前太政大臣実氏
あま衣 たみのの島に やどとへば ゆふしほみちて たづぞ鳴くなる

太上天皇(後嵯峨院)
河舟の さしていづくか わかならぬ 旅とはいはじ 宿とさだめむ