もの言ひて さびしさ残れり。大野らに、行きあひし人 遥けくなりたり
はろばろに 埃をあぐる昼の道。ひとり目つぶる。草むらに向きて
遂げがたく 心は思へど、夏山のいきれの道に、歎息しまさる
言たえて 久しくなりぬ。姶羅の山 喘へつつ越ゆと 知らずやらむ
日の照りの おとろへそむる野の土の あつき乾きを 草鞋にふむも
火の峰の山ふところに 寝て居りと思ふこころは おどろかめやも
木々とよむ雨のなかより 鳥の声 けたたましくて、やみにけるかも
児湯の山 棚田の奥に、妹と 夫と 飯はむ家を 我は見にけり
つばらに ささ波光る赤江灘。この峰のうへゆ 見窮めがたし
海風の吹き頻く丘の砂の窪。散りたまる葉は、すべて青き葉
木のもとの仰ぎに 疎き枝のうれ。朝間の空は、色かはり易し
朝日照る川のま上のひと在所。大地の麦原 刈りいそぐ見ゆ
夏やまの朝のいきれに、たどたどし。人の命を愛しまずあらめや
緑葉のかがやく森を前に置きて、ひたすらとあるくひとりぞ。われは
焼き畑のくろの立ち木の 夕目には、寂しくゆらぐ。赤き緒の笠
児湯の川 長橋わたる。川の面に、揺れつつ光る さざれ波かも
森深き朝の曇りを あゆみ来て、しるくし見つも。藤のさがりを
青空になびかふ雲の はろばろし。ひとりあゆめる道に つまづく
山原の茅原に しをるる昼顔の花。見過しがたく 我ゆきつかる
裾野原 野の上に遠き人の行き いつまでも見えて、かげろふ日の面
諸県の山にすぐなる杣の道。疑はなくに 日は夕づけり
山下に、屋庭まひろきひと構へ。道はおりたり。その夕庭に
山の子は、後姿さびしも。風呂たきて、手拭白く かづきたりけり
この家の人の ゆふげにまじりつつ、もの言ひことなる我と思へり
旅ごころおどろき易きを叱りつつ 柴火のくづれ 立てなほし居り
日ののちを いきれ残れり。茶臼原の夏うぐひすは、草ごもり鳴く
こすもすの蕾かたきに、手触りたり。旅をやめなむ 心を持ちて
谷風に 花のみだれのほのぼのし。青野の槿 山の辺に散る
焼けはらの石ふみわたるわがうへに、山の夕雲 ひくく垂れ来も
ゆふだちの雨みだれ来る茅原ゆ、むかつ丘かけて 道見えわたる
野のをちを つらなりとほる馬のあし つばらに動く。夕雲の下に
幹だちのおぼめく木々に、ゆふべの雨 さやぐを聞きて、とまりに急ぐ
麦かちて 人らいこへる庭なかの 榎のうれに、鳥あまた動く
庭の木に、ひまなくうごく鳥のあたま 見つつ 遠ゆくことを忘れ居り
並み木原 車井のあと をちこち見ゆ。国は古国。家居さだまらず。
峰の上の町 家並みに人うごき見ゆ。山高くして、雲行きはやし
道のうへにかぐろくそそる高山の 山の端あかり 居る雲の見ゆ
窓のしたに、海道ひろく見えわたり、さ夜の旋風に 土けぶり立つ
山岸の葛葉のさがり つらつらに、仰ぎつつ来し。この道のあひだ