和歌と俳句

釈迢空

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端山

やどり木の、枯れて繁み立つ谷のかし 梢見かけて、なぞへ急なり

谷ごしに、黒く墳る松山や、青嶺の斑雪。夕日かがやく

級畠の 柑子の山に残る雪。あかり身にしむ。春の日の入り

まさ青に ゆふべなだるる草の原。この峰のあかりきえはてにけり

日ののちの 明り久しき岨道に、そよぎをぐらし。柑子の葉むら

峰亘す崖路のはだれは、草かげの昏れての後ぞ、目に冱え来る

ひた落ちに、丘根はさがれり。夕深き眼のくだり 雪の色見ゆ

この部屋に、日ねもすあたる日の光り 大つごもりを、ともすれば まどろむ

屋向ひの岩崎の門に、大かど松たつるさわぎを見おろす。われは

鱈の魚 おもおも持ちて来る女の、片手の菊は、雨に濡れたり

除夜

年の夜の雲吹きおろす風のおと。二たび出で行く。砂捲く町へ

年の夜の阪ののぼりに 見るものは、心やすらふ大かしのかげ

年の夜 あたひ乏しきもの買ひて、銀座の街をおされつつ来る

戻り来て、あかあか照れる電燈のもと。寝てゐる顔に、もの言ひにけり

第一高等学校の生徒来て 挨拶をしたり。年の夜ふかく

槐の実 まだ落ちずあることを知る。大歳の夜 月はふけにけるかも

髣髴顕つ。速吸の門の波の色。年の夜をすわる畳のうへに

年玉は もてあそび物めきて見ゆ。机に並べ、すべながりつつ

金太郎よ 起きねと 夜はによびたれば、湯にや行かすと ねむりつつ聞けり

人こぞる湯ぶねの上のがすの燈を 年かはる時と 瞻りつつ居り

湯のそとに、はなしつつ洗ふ人の声 げに 事多き年なりしかも

五銭が花を求めて 帰るなり、年の夜 霜のおりの盛りに

わが部屋に、時計の夜はの響きはも。大つごもりの湯より戻れば

年の夜は 明るく近きに、水仙の立ちのすがたをつくろひゐるも

年の夜は寝むと言ひつつ 火をいけるこたつは、灰のしとりしるしも

年の夜の明くる待ちつつ 久しさよ。こもごも起きて、こたつを掘るも

臥て後も しばし起きゐる 年の夜のしづまる街を、自動車来たる

しづまれる街のはてより、風のおと 起ると思ひつつ うつつなくなれり