和歌と俳句

釈迢空

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うつり来て 麦原広原 ただなかに、夜もすがら 燭す庵なりけり

豊多摩の麦原のなかに、さ夜深く覚めてしはぶく。ともし火のもと

こよひ早 夜なか過ぐらし。東京の 空のあかりは薄れたりけり

長き日の黙の久しさ 堪へ来つつ、このさ夜なかに、一人のも言ふ

十方の虫 こぞり来る声聞ゆ。野に、ひとつ燈を守るは くるしゑ

更けて戻る夜戸のたどりに 触りつれば、いちじゆくの乳は、ふくらみたりけり

梅雨ふかく今はなりぬれ、暫時の照りのあかりを、いみじがり居る

刈りしほの麦の穂あかり昏れぬれど、いよよさやけく 蛙子は鳴く

刈りしほの麦原のなかは 昼の如明り残りて 蛙鳴きゐる

ニ三人 汽車おり来つる高声の ここにし響く。おし照る月夜

さ夜霽れのさみだれ空の底あかり。沼田の瀁に、はすだく

暁近き瀁田の畦の 列並みに はおきて、火をともしをり

さみだれの夜ふけて敲く 誰ならむ。まらうどならば、明日来りたまへ

さ夜風のとよみのなかに、窓の火の見えで残れる たふとくありけり

鼠子の一夜のあれに 寝そびれて、暁はやく起きて、飯たく

めうめうと あな うまくさき湯気ふきて、朝餉白飯 熟みにけるかも

くりやべのしづけき夜らのさびしもよ。よべの鼠の こよひはあれず

ゆふあへの胡瓜もみ瓜 酢にひでて、まだしき味を 喜びまほる

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